歴史

IMG_5161-3司法書士事務所リーガルエステートが誕生したのは、平成25年2月1日。

起業した当事務所代表の斎藤竜は、平成15年に司法書士試験に合格後、10年間大手司法書士法人で人脈を広げていきながら、プライベートにて自分が法律家として何をすべきかを考えるきっかけもあり、一緒にやっていきたいという人間とともに独立開業を果たしました。

「人生山あり谷あり」と申しますが、司法書士事務所が現在に至るまで、多くの出来事がございました。

サラリーマン時代

斎藤は司法書士になろうと考える以前は、皆様が良く知っている某コンビニエンスストアに在籍していました。加盟店の経営者と信頼関係を築くため、店舗訪問や経営者不在の際の業務代行等、昼夜、休日問わず、営業として馬車馬のように働く毎日。信頼関係を築くことはできましたが、ある女性店長がきっかけで営業に苦手意識を持ってしまったり、将来を考えたりしていくうちに「営業とは関係がない仕事につきたい」「もっと人の役に立つ仕事がしたい」と思うようになっていきました。

司法書士の資格取得まで

法学部だったこともあり、法律系の資格を探しておりましたところ、”一年勉強すれば合格!社会の役に立ち、稼げる資格です”と紹介されていた司法書士の資格が目に入りました。斎藤は一念発起し、司法書士の受験勉強を始めます。勉強してみると、1年で合格できるとは思えないほど覚えることが多く、会社を退職し半分ニート状態になりながら1年半の間必死の猛勉強。会社を辞めた影響で極貧生活を余儀なくされ、1週間食費1000円の生活をしつつ、朝6時から夜9時まで1日15時間、資格予備校と自宅を往復する毎日でした。その生活にも耐え、晴れて司法書士試験に一発合格を果たしたのです。

開業まで

IMG_5294合格後、さっそく従業員6名の司法書士事務所に1年間勤務しましたが、自身の能力研鑽のために大手司法書士法人に再就職しました。

横浜支店開業に伴い支店長を務めるに至り、実務をこなしていきました。開設当時は、社会問題となっていた債務整理の仕事が舞い込み大変忙しくしておりました。事務所の職員も増やし軌道に乗り始めた矢先に、債務整理の仕事が減少。そこで、安定収入となりえる不動産の登記業務の獲得を目指し、営業を繰り返しました。営業方法を模索した結果、「飛び込み営業」をして人脈を広げていくしか方法はないと開き直り、1ヶ月100箇所を目標に新規で飛び込み営業を始めます。当初は門前払いを恐れ、営業先の入り口に向かうもののドアを開くこともできず、何度も営業先の入口周辺をうろうろしたこともありました。しかし、会社員時代に培ったお客様ごとの立場にたった会話、提案営業ができるようになると、お客様から声をかけてもらえるようになります。3年で金融機関10支店超、不動産会社10社超、税理士事務所数社の顧客を開拓することができました。

また、合格当時大手資格受験予備校TACの担当者から講師の依頼をいただき、司法書士試験受験予備校の講師をその後6年間担当することになりました。初年度は、80名規模の教室を講座で使用するものの、初回講座の出席者は8名。講座を打ち切られるかもしれないとの焦りを感じつつ、予備校担当者の協力を得ながら、必死に講座を担当。受講生の無料相談等を繰り返し、口コミで徐々に受講生が増え、最終的には生徒数は200人を超え、合格者も輩出するようになっていきました。この経験が現在のセミナー実績になっていくわけです。

開業当時

プライベートで自分の父がガンを患い胃を全摘出するという出来事が発生し、自分の法律家のあり方をもう一度考えるきっかけとなりました。「自分が法律家として親世代にできることはなんだろう?」そう考えたときに「人の役に立ちたい」という本来の想いを思い出しました。

当時の事務所でのご相談の中で、親が残した財産についての相続や、高齢で判断能力が衰えた方が所有している不動産の売却に関するものが多くなってきていることを受け「相続、成年後見制度を利用した、不動産問題解決の専門家となる」ことを目標に司法書士事務所リーガルエステートを平成25年2月1日に開業。勤めていた司法書士法人の中に一緒にやっていきたいという人間と一緒に独立開業を果たすことになります。開業時には、祈願も含めて占いを受けたのですが、「開業2年目までは順調に開拓するが、3年目に大きなものを失う、その試練を乗り越えられるかどうかがが鍵で、乗り越えたときには新たな飛躍がまっている」という意味深いメッセージをもらいました。3年後に大変な自体に陥るとはその時はまったく考えにも及びませんでした。

開業~現在

開業当初は、今まで培ってきた営業経験(飛び込み営業)を活かし、事務所近隣のお客様、異業種交流会で出会ったお客様、友人関係にいたるまで、今までの人生でかかわった方全てに名刺を配り歩いたおかげで、少しずつ人脈も拡がり、平成25年の秋ごろの軌道にのることができました。

一緒に開業した人間と考え方の相違により袂を分かつ事件があり、人間不信になりかけたときもありましたが、妻の勧めでメンターをつくったことで経営者としてのマインドを学ぶきっかけにもなりました。また、エンドユーザーのお客様と直接つながるために路面店営業に乗り出すことにし、妻の協力を得て「品川・戸越銀座相続サポートセンター(行政書士事務所リーガルエステート)」を開業。

開業3年目。順調に行くと思っていた矢先に、事務所の売り上げ構成比の3割~4割を占めていた不動産会社からの仕事が10月以降消滅することに・・・。10月までの同会社からの既存の仕事の残務処理とそれに代わる売上の確保を模索しなければならなくなりました。占いが的中したのです!

セミナー等で他事務所が取り組んでいる事例等を取り込み、保険・不動産仲介・住宅ローン業を付加し川上に立つことで、不動産会社、金融機関、保険会社へのお客様の紹介や営業マンへの勉強会開催につなげるという新たな発想を得ます。そこから、弊社では相続案件の解決方法を自社で増やすことでお客様の満足度を高め、サービス構造につなげていけるようにしようと考えました。

また、3年目にして直面した大きな変化により、ひずみが7月頃から徐々に事務所の中にでてくるようになり、「経営理念」の作成に着手しはじめました。

変化の年と定め10月に横浜の司法書士事務所を路面店化し、「横浜・六角橋相続サポートセンター」として横浜市内の六角橋商店街に隣接する形でオープン。今後の将来像、理念反映・今後の将来像・組織化の必要性を伝え、一部スタッフの退職をする結果を招きましたが、理念に賛同する多くのスタッフの協力を得て、28年度の新体制に迎え人材採用、内部環境の整備に着手をし、現在に至っています。


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