「うちもそろそろAIを」で最初に手を出すと失敗する。士業事務所のAI導入を順番どおり進める4つの段どり

最近、士業事務所のAI導入のお手伝いをする機会が増えています。

生成AIの設定はもちろんやります。どう使うかもお伝えしますし、職員向けの説明会もやります。

ただ、いちばん時間をかけるのはそこではありません。メールとカレンダーと、事務所のファイルの置き場所を1か所に集める作業です。

AI導入支援でうかがっているのに、地味な作業ばかりしていると思われることもあります。それでも僕は、これが正しい順番だと思っています。

  • ニュースで見るAIと、事務所で使えるAIは別物。材料が無ければ、賢いAIほど手が止まる
  • 最初の一手は生成AIの契約ではなく、データの置き場所を1か所にすること
  • AI導入には4つの段どりがある。飛び級すると「思ったほどでもなかった」で終わる
  • 自分の事務所が今どの段どりにいるかは、画面3枚を10分見れば分かる

この記事は、AIをやらなきゃいけないのは分かっているけれど、何から手をつけたらいいか分からない、という先生に向けて書いています。

「何から始めればいいか分からない」の正体

ここ1年、先生方から受ける相談でいちばん多いのがこれです。

「AIが必要なのは分かっている。でも、何から手をつけたらいいのか分からない」

必要性を疑っている先生は、もう少数派です。ニュースを見れば毎週のように新しいものが出てきて、去年できなかったことが今年はできるようになっている。そろそろうちもやらないとまずい、と思うのは自然だと思います。

そのうえで手が止まる。これはやる気の問題ではありません。順番が示されていないからです。

ニュースのAIと、事務所のAIは別物

ニュースで紹介されるAIは、難しい試験に合格したとか、分厚い資料を一瞬で要約したとか、そういう話です。あれは誇張ではありません。本当にできます。

ただ、そこで動いているAIは、材料を全部渡してもらった状態のAIです。問題文も資料も、目の前に置いてある。

事務所のAIはそうではありません。先生が「去年うちで受けた案件で、これと似た事例あった?」と聞いたとき、AIの手元には何もありません。

答えられるかどうかは、AIが賢いかどうかでは決まりません。その案件の記録が、AIから見える場所に置いてあるかどうかで決まります。

賢いAIほど、材料が無いと止まる

ここが分かりにくいところです。

性能の低いAIは、材料が無くてもそれらしいことを言います。適当に一般論を返してくる。

逆に今のAIは、材料が無いと「その情報は見当たりません」と正直に止まります。使う側からすると、賢くなったはずなのに使えない、という感想になる。

実際、導入したのに定着しなかった事務所の話を聞くと、原因の多くはここです。AIが悪かったのではなく、渡すものが何も無かった。

先生が普段やっている仕事を思い出してみてください。新しい相談が来たとき、まず過去の似た案件を思い出しますよね。あのときはこう組んだ、あの銀行はこう言ってきた、と。

その「思い出す」の材料が、事務所のどこにあるか。頭の中と個人のパソコンの中にしか無ければ、AIには何も渡せません。

最初にやるのは、AIの契約ではなく置き場所の統一

では何から手をつけるか。僕がいつも最初にやるのは、データの置き場所を1か所に集めることです。

多くの事務所で、案件の情報は最低でも3か所に散っています。

事務所のサーバーの共有フォルダ。担当者のパソコンのデスクトップ。そして、メールの添付ファイルの中。

この状態でAIを入れると、AIから見えるのは3分の1です。そして厄介なことに、AIは「見えていない3分の2がある」ことを知りません。手元にある3分の1だけで答えを作ります。

半分の材料から出てきた答えは、使えないどころか危ないです。先生が確認しないと出せない答えになり、結局二度手間になる。

「うちはもう移行済みです」は当てにならない

もうひとつ、現場に入ると必ず起きることがあります。

事前に聞いていた話と、実際の中身が食い違うんです。

移行はまだこれからだと聞いていたのに、開けてみたらほとんど移り終わっていた事務所もあります。逆に、去年からクラウドに切り替えましたと聞いていたのに、中を見たら箱だけ用意されていて、実務のファイルは全部それぞれのパソコンの中にあった、ということもあります。

嘘をつかれているわけではありません。所長の把握と現場の運用がずれているだけです。事務所が大きくなるほど、これは普通に起きます。

だから僕は、話を聞くだけで判断しないことにしています。自分の目で画面を見る。10分あれば分かります。見方は後で書きます。

置き場所を集めると、AI以外も一緒に片づく

ここは地味なので嫌がられるところですが、実は費用対効果がいちばん高い工程です。

置き場所が1か所になると、AIとは関係のないところが先に改善します。

案件のファイルを探す時間が減る。誰かが休んでも他の人が続きをやれる。職員が退職するときに、そのパソコンの中を掘り返さなくてよくなる。

AIが賢くなるのを待つ必要はありません。この工程は、AIを入れても入れなくても事務所の役に立ちます。ここが安心材料だと思っています。

順番どおりに上がる4つの段どり

僕が支援先で使っている順番は、次の4つです。上から順に上がっていきます。

段どり1 置き場所を1か所にする

メール、カレンダー、ファイル。この3つの置き場所を統一します。

判断の目安は、「事務所のパソコンが1台壊れたときに、困る人が出るかどうか」です。困る人が出るなら、まだこの段どりにいます。

ここでよく聞かれるのが、事務所のサーバーを捨てるんですか、という質問です。捨てなくて構いません。会計や登記の専用ソフトのように、サーバーで動かす必要のあるものはそのままにします。

移すのは、人が読んで人が判断するものです。案件のメモ、面談の記録、お客様とのやりとり、契約書の案。AIに手伝ってほしいのはこちら側の仕事なので、こちら側から動かします。

全部を一度に動かす必要もありません。今動いている案件から入れていけば、3か月もすれば主要なものはそちらに乗ります。

段どり2 紙とアナログをデータにする

置き場所ができたら、そこに入っていないものを入れていきます。紙の資料、手書きのメモ、複合機で読み取ったPDF。

ここまで来て、ようやくAIに渡す材料がそろいます。具体的なやり方は、以前書いたこちらの記事にまとめてあります。

士業のAI活用は紙のデータ化から!業務効率化を実現するクラウド構築術

段どり3 入力を口でやる

材料がそろったら、次はAIへの渡し方です。

ここでほとんどの先生がつまずきます。キーボードで長い指示を打つのが面倒で、結局使わなくなる。解決策は音声入力です。しゃべったほうが情報量が増えるので、AIの返事の質まで上がります。

質問ベタを克服!士業向け生成AIを爆速で使いこなす音声入力術

段どり4 任せる、そして基準を渡す

最後の段どりです。1回ずつ聞くのをやめて、業務そのものを預けにいきます。

データ化・音声入力の次にやるべきこと。士業事務所を”AI秘書化”して業務を丸ごと任せる仕組みづくり

このとき効くのが、細かい指示ではなく判断の基準を渡すことです。何をどう仕分けるかを先生が一度決めて、それをAIに持たせる。

毎回指示を出しているうちは、先生の手が空きません。基準を1回作れば、次からは先生が見ていなくても同じ判断が出ます。ここまで来て、はじめて人が減った分の仕事が回るようになります。

士業のAI活用は「指示」ではなく「基準」を渡す。新規問い合わせの振り分けをAIに任せる1枚のシートの作り方

飛び級すると何が起きるか

よくあるのが、段どり1と段どり2を飛ばして段どり4から入るパターンです。

AIに業務を任せようとするのですが、渡す材料が無いので、結局その都度コピーして貼り付けることになります。手作業が減らないどころか増える。

そして3か月後に「AIは思ったほどでもなかった」という感想が残ります。いちばんもったいないのは、この感想が事務所に残ることです。一度これが定着すると、次に本気で導入するときの抵抗が何倍にもなります。

では、AIの契約はいつすればいいのか

ここまで読むと、AIを使うのはずっと先の話に聞こえるかもしれません。そうではありません。

契約は今日でいいです。月に数千円のものですし、段どり1をやっている間も先生ご自身の勉強のために触っておいたほうがいい。

分けて考えたいのは、個人で使うAIと、事務所で使うAIです。

先生が自分の文章を直してもらう、調べ物の下調べをしてもらう。これは今日から誰でもできます。材料は目の前にあるので、置き場所の話は関係ありません。

一方、事務所の案件を横断して答えさせる、職員全員の仕事に組み込む。こちらが段どりを上がらないとできない話です。

つまり個人利用は今日から、業務組み込みは順番どおり。この2本立てで進めるのがいちばん早いと思っています。

今日10分でできる自己診断

自分の事務所がどの段どりにいるか。これは人に聞かなくても分かります。見るのは画面3枚だけです。

1枚目 共有フォルダの一覧

事務所で使っている共有の置き場所を開いて、一覧を出します。

見るのは数です。3つや4つなら整理されています。20も30もあったら、置き場所は統一されていません。誰かが必要に迫って作り足した跡です。

2枚目 いちばん上の階層のフォルダ名

次に、その中のいちばん上のフォルダ名を見ます。

「相続」「不動産」「法人」のように業務で分かれていれば、後から探せます。「2024」「新しいフォルダ」「〇〇さん」のように、時期と人の名前が混ざっていたら要注意です。その人がいなくなった瞬間に中身が分からなくなります。

3枚目 ストレージの使用量

最後に、容量がどれだけ使われているかを見ます。

ここがほとんど空なら、実務のデータはまだ各自のパソコンの中です。段どり1が終わっていません。

逆にそれなりに入っているなら、置き場所は動いています。次は中身の整理、つまり段どり2に進む番です。

この3枚で、どこから手をつけるかが決まります。AIの製品を比較する前に、まずこれを見てください。

最後に決めるのは、道具ではなく「誰がどの業務で使うか」

もうひとつだけ。

所長がAIを契約しただけでは、事務所は変わりません。これは何度も見てきました。

決めるべきなのは、どのAIを使うかではありません。どの業務で、誰が、いつから使うかです。

おすすめは、業務を1つだけ選ぶことです。議事録でも、問い合わせの振り分けでも構いません。担当を1人決めて、1週間試してもらう。

範囲が狭いほど、うまくいったかどうかがはっきりします。事務所の中に成功例が1つできると、そこから先は勝手に広がっていきます。

逆にやってはいけないのが、全員に一斉に配って「使ってみて」と言うことです。職員からすると、今の仕事に上乗せで宿題が増えただけに見えます。

職員の反応が薄いのは、AIが嫌いだからではありません。自分の仕事のどこが楽になるのか分からないからです。1人が実際に楽になったところを見せるのが、いちばん速い説得になります。

まとめ

  • ニュースで見るAIと、事務所で使えるAIは別物。材料が無ければ、賢いAIほど手が止まる
  • 最初の一手は生成AIの契約ではなく、データの置き場所を1か所にすること
  • AI導入には4つの段どりがある。飛び級すると「思ったほどでもなかった」で終わる
  • 自分の事務所が今どの段どりにいるかは、画面3枚を10分見れば分かる

AIをやらなきゃいけないのは分かっている。でも何から手をつけたらいいか分からない。

そう感じている先生に僕がお伝えしたいのは、最初の一手はAIではないということです。

ニュースで見るAIの進化は本物です。ただ、それを自分の事務所で使えるかどうかは、事務所のデータがAIから見える場所にあるかどうかで決まります。ここを飛ばして道具だけ入れると、必ず「思ったほどでもなかった」に着地します。

今日できることは、画面3枚を見ることだけです。10分で終わります。それで自分の事務所がどの段どりにいるかが分かります。

その先の進め方は、セミナーで具体的にお話ししています。ご自身の事務所の順番を決める材料にしていただければと思います(^^)/

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