AIを仕事に使う事務所が増えてきて、次に出てくる不安は”勝手に送られたらどうするのか”です。
僕の事務所では、問い合わせの振り分けも、書類の下書きも、毎朝のレポートも、かなりの部分をAIに任せています。でも、送信ボタンだけは今も人が押しています。
これは、AIを信用していないからではありません。任せる範囲に線を引いたからこそ、安心してここまで任せられるようになった、というのが実感です。
- AIに任せるのは、読む・調べる・下書きまで。送る・消す・払う・確定するのは必ず人
- 「その方向で」は同意であって、「送って」という指示ではない。この2つを分けておく
- 線を引くと、事務所に“検品する人”と“仕組みを作る人”という2つの役割が生まれる
- 所長が全部見ていると仕事は減らない。所長の仕事は「確定」の一言にしていく
- 線を引く決断ができるのは所長だけ。職員任せでは、自分の仕事を自分で減らすことになるので進まない
この記事は、AIに業務を任せてみたいけれど、誤送信や情報の扱いが怖くて踏み出せない、という先生に向けて書いています。
AIに任せるほど怖くなるのは「送信ボタン」
AIを使い始めた先生から、よくこんな話を聞きます。
「下書きまではすごく便利。でも、そこから先を任せるのは怖い」
僕もまったく同じでした。そうなんです、下書きが速くなるほど、今度は”その先”が気になってくるんです。
士業の仕事は、一度出したら取り消せないものが多いです。お客様へのメール、金融機関への回答、申請書の提出。宛先を1つ間違えただけで、守秘義務の話になります。期限のある手続きなら、出した日付そのものが意味を持ちます。
だから、AIを入れるかどうかではなく、AIにどこまで任せて、どこから人が持つのか。ここを先に決めておかないと、便利さと怖さが一緒に大きくなっていきます。
僕の事務所の線引き。読む・調べる・下書きまではAI、送る・消す・払うは人
では、実際にどこで線を引いているのか?
僕の事務所で決めているのはシンプルで、読む・調べる・下書きを作るところまではAI、送る・消す・払う・確定するのは人、です。
AIに任せていること
いま、AIに任せているのはこういう仕事です。
新しい問い合わせを読んで、社内の誰に回すかを振り分ける。家族信託の書類の下書きを作る。毎朝、前日の動きをまとめたレポートをチャットに届ける。セミナーの案内メールの下書きを作って、配信の予約まで準備しておく。
どれも、以前は人が手でやっていた仕事です。ここはもう、人がやるより速くて正確です。
人が押すこと
一方で、次の5つは必ず人が押します。
送信、削除、支払い、契約、公開です。
メールを送る、ファイルを消す、お金を払う、申込みを確定する、ホームページに記事を出す。どれも押したら戻せないボタンです。AIはボタンの手前まで全部準備して、「これを、誰宛てに、いくらで出します」と見せてくれます。押すかどうかは人が決めます。
ちなみに、このブログ記事も同じです。下書きまではAIが作りますが、公開ボタンは広報の職員が押しています。
「その方向で」は「送って」ではない
ここで、実際にやってみて分かった大事なことが1つあります。
同意と指示は別物だ、ということです。
AIが文面を作って見せてくれたとき、僕が「その方向で」と返したとします。人間同士なら、これで送ってくれて構わないという意味に取ることもありますよね。でも、僕の事務所ではこれを”送信の許可”とは扱いません。
送っていいのは、「送って」「送信して」とはっきり言ったときだけ。「いいですね」「全部それで」「もう送りたい」は、内容への同意であって、送信の指示ではありません。
細かすぎると思われるかもしれません。でも、ここを曖昧にしておくと、いつか「そんなつもりじゃなかった」が起きます。しかも起きたときには、もう相手に届いています。
そして、訂正版を作り直したときも、何回目であっても全文を見せ直してから許可を出す、と決めています。直したはずの所以外が変わっていた、ということが実際にあるからです。
この「最後の判断は人がする」という考え方は、以前こちらの記事でも書きました。
士業のAI活用は「指示」ではなく「基準」を渡す。新規問い合わせの振り分けをAIに任せる1枚のシートの作り方
線を引くと、事務所に2つの役割が生まれる
ここからが、今回いちばんお伝えしたいことです。
「最後は人が押す」と決めると、当然、押す前に中身を確かめる人が要ります。そして、ボタンの手前まで仕事をちゃんと運んでくる仕組みも要ります。
つまり、AIを本気で入れた事務所には、“検品する人”と”仕組みを作る人”という2つの役割が生まれるんです。
AIが入ると職員の仕事がなくなる、という話をよく聞きます。でも、僕の事務所で起きているのは逆で、仕事がなくなるのではなく、仕事の中身が変わっています。
役割1 検品する人
AIが作った下書きを、現場を知っている人が確かめる
家族信託の契約書を例にします。僕の事務所では、いまこういう流れで回しています。
まずAIが一次確認をします。お客様の情報と契約書の中身が合っているか、条文の引用がずれていないか、説明が漏れていないか。
次に、担当の職員が依頼元に事実を確かめて、直すべき所を直し、自分の目で全体を検品します。
最後にもう一度AIが、直し漏れがないか、署名欄や口座の欄が埋まっているかを確認します。
そして僕は、その報告を読んで「確定」の一言を出すだけです。
以前は、契約書の検品を最後まで僕が全部見ていました。でも、それをやっていると僕が疲れ切ってしまうんです。AIで作るのが速くなっても、確認するのが僕1人なら、事務所の仕事は結局そこで詰まります。
検品する人には「AIより元の案がいい所は、理由をつけて返して」と頼む
AIの確認結果を職員に渡すとき、僕は必ずこういう一文を付けています。
「AIの指摘より元の案のほうがよい箇所、変えないほうがよい箇所があれば、その理由を添えて返信してください」
なぜかというと、現場を知っているのは職員だからです。依頼元の先生がどういう意図でその条項を入れたのか、金融機関の担当者と何を話したのか。そういうことは、書類だけを見ているAIには分かりません。
この一文がないと、職員はAIの指摘を”正解”として全部受け入れてしまいます。それでは検品ではなく、ただの転記です。AIの指摘に「ここは違います、理由はこうです」と言える人こそが、これからの事務所に必要な”検品する人”だと思っています。
所長が全部見ていると、仕事は減らない
ここは、先生ご自身に向けて書きます。
AIを入れたのに楽にならない事務所の多くは、先生が全部の確認を抱えたままになっています。AIが1日で10本の下書きを作っても、先生が1日3本しか見られなければ、7本は机の上に積まれていくだけです。
だからこそ、検品を任せられる職員を育てることが、AI導入の本当の中身なんです。先生の仕事は、中身を1行ずつ見ることから、「確定」を出すことに変わっていきます。
役割2 仕組みを作る人
「OK」が届かなかった日
もう1つの役割の話をするのに、ちょうどいい出来事がありました。
僕の事務所では、セミナーの案内メールをAIが下書きして、担当の職員がチャットで「OK」と返すと配信が予約される仕組みにしています。職員の”OK”が、送信ボタンの代わりになっているわけです。
ある日、職員が3本分の案内をまとめて確認して、それぞれの確認先のリンクを3つ貼ってから、最後に「OK」と書いてくれました。人間から見れば、何の問題もない、ごく自然な返事です。
ところが、仕組みのほうはこれを”OK”と読めませんでした。
仕組みは「OKだけ」の短い返事を想定して作っていたので、リンクが混ざった長い文章を「直してほしいという指示」だと受け取ってしまったんです。しかも3本のうち1本にだけ紐づけて、残りの2本は返事が来ていない扱いになっていました。
結果として、3本とも予約されていませんでした。職員はOKを出したと思っている。仕組みはOKを受け取っていない。両方とも自分の仕事をしたつもりなのに、間で落ちていたんです。
幸い、配信日まで数日あったので、実害は出ませんでした。僕が気づいて確認したところで分かりました。
職員の書き方ではなく、仕組みのほうを直す
このとき、直し方は2つ考えられました。
1つは、職員に「OKは単独で書いてください」とお願いすること。もう1つは、仕組みのほうが、リンクが混ざっていてもOKと読めるように直すことです。
僕が選んだのは後者です。リンクを貼ってからOKと書くのは自然なことで、それを読めない仕組みのほうが悪い。人に仕組みへ合わせてもらうと、同じことは必ずまた起きます。
仕組みを直して、止まっていた3本はその日のうちに予約できました。
仕組みを作る人の仕事は、決める・つなぐ・直す
この出来事で改めて分かったのは、仕組みは作って終わりではないということです。
仕組みを作る人の仕事は、3つあります。
1つ目は、ルールを決めること。何をAIに任せて、何を人が押すのか。誰の「OK」で何が動くのか。
2つ目は、つなぐこと。AIが作った下書きが、検品する人の手元に届き、OKがちゃんと仕組みに戻ってくる。その通り道を作ることです。
3つ目は、壊れたら直すこと。今回のように、人の自然な動きと仕組みの想定がずれたところを見つけて、仕組みの側を直していく。
ここで大事なのは、仕組みを作る人は、ITに詳しい人である必要はないということです。むしろ、その業務をいちばんよく知っている人のほうが向いています。どこで職員が迷うのか、どういう返事が自然なのかを知っているのは、現場の人だからです。
2つの役割は、職員の新しい仕事になる
作業が減った分を、確かめる目と直す手に回す
AIで作業が減ったら、職員の時間が空きます。ここで人を減らす方向に考える先生もいるかもしれません。でも僕は、空いた時間を”検品”と”仕組みづくり”に回すほうが、事務所としては強くなると考えています。
AIが作る量が増えるほど、確かめる目の価値は上がります。そして、仕組みを直せる人がいる事務所は、新しい業務にもすぐAIを広げられます。どちらも、外から買ってくることのできない力です。
スタッフの育て方については、以前こちらの記事でも書きました。考え方は、AIの時代になっても変わっていないと思います。
育て方は、検品の基準を書き出すところから
では、検品する人はどうやって育てるのか?
僕がおすすめしているのは、先生がいつも頭の中でやっている確認を、紙に書き出すことです。契約書を見るとき、どこから見て、何があったら止まるのか。これを書き出したものが、そのまま”検品の基準”になります。
基準があれば、職員は同じ目線で確認できますし、AIにも同じ基準を読ませられます。そして、基準を書き換えて良くしていく作業そのものが、仕組みを作る人の仕事になっていきます。検品と仕組みづくりは、実は1本の線でつながっているんです。
線を引けるのは、所長だけ
事務所の全部が見えているのは所長
ここまで、検品する人と仕組みを作る人の話をしてきました。では、それを誰が決めるのか?
これは、所長にしかできない仕事です。
どの業務をAIに任せて、どこで人が押すのか。空いた時間を誰のどの仕事に回すのか。事務所の業務の全部が見えていて、それを決める権限があるのは所長だけです。
さきほど「所長が全部見ていると仕事は減らない」と書きました。これは、所長が引いていいという意味ではありません。所長の仕事が、中身を1行ずつ見ることから、線を引いて決めることに変わる、ということです。
そのためには、所長自身がAIで何ができて何ができないのかを、ある程度は分かっている必要があります。分からないままでは、線の引きようがないからです。
職員に任せると進まない、本当の理由
「AIのことは若い職員に任せています」という先生も多いと思います。気持ちはよく分かります。でも、これがなかなか進まないんです。
職員のやる気の問題ではありません。職員の立場になって考えてみてください。
AIで業務を効率化するというのは、職員から見ると、自分の仕事を自分で減らすことです。今日やっている仕事がなくなったら、自分はこの先、事務所で何をするのか。その答えがないまま「効率化を進めて」と言われても、本気で取り組むのは難しいですよね。
だからこそ、所長が先に決めて、先に伝える必要があります。空いた時間は、検品と仕組みづくりという新しい仕事に回してもらう。仕事がなくなるのではなく、仕事が変わるのだと、所長の口から言う。これがあって初めて、職員は安心して自分の仕事にAIを入れられるようになります。
今日からできる線引き。業務を3つに分ける
最後に、今日からできることを1つだけ。
事務所の業務を思いつくだけ書き出して、次の3つに分けてみてください。
AIに任せる
読む、調べる、まとめる、振り分ける。間違えても、人が見る前に止まるもの。
AIが作って、人が押す
メールや書類の下書き、配信の準備、申込みの入力。最後のボタンだけ人が持つもの。ここに入る業務には、必ず”誰が検品するか”を書き添えます。
人がやる
お客様との面談、最終的な判断、事務所の方針を決めること。
書き出してみると、真ん中の「AIが作って、人が押す」がいちばん多くなると思います。そして、真ん中の列に名前が書ける職員が何人いるか。それが、その事務所がAIをどこまで使えるかを決めます。
まとめ
- AIに任せるのは、読む・調べる・下書きまで。送る・消す・払う・確定するのは必ず人
- 「その方向で」は同意であって、「送って」という指示ではない。この2つを分けておく
- 線を引くと、事務所に“検品する人”と“仕組みを作る人”という2つの役割が生まれる
- 所長が全部見ていると仕事は減らない。所長の仕事は「確定」の一言にしていく
- 線を引く決断ができるのは所長だけ。職員任せでは、自分の仕事を自分で減らすことになるので進まない
AIに仕事を任せるのは、怖くて当然です。士業の仕事は、出したら戻せないものばかりですから。
でも、その怖さの正体は、AIそのものではなく、どこまで任せるかが決まっていないことだと僕は思っています。
読む・調べる・下書きまではAI。送る・消す・払う・確定は人。この線を1本引くだけで、任せられる範囲は一気に広がります。そして、線を引いた先に必要になるのが、中身を確かめる”検品する人”と、ボタンの手前まで仕事を運ぶ”仕組みを作る人”です。
AIが入ると職員の仕事がなくなる、のではありません。職員の仕事が、AIでは代われないほうへ移っていくんです。そして、その線を引いて、職員に新しい仕事を約束できるのは所長だけです。
どの業務から線を引いて、誰に何を任せていくのか。その具体的な進め方は、セミナーでお話ししています。ご自身の事務所の線引きを考える材料にしていただければと思います(^^)/

自分の事務所の業務で、実際にどこに線を引くのか。検品を誰に任せ、どこから仕組みにしていくのか。そこを一緒に決めたい先生には、僕が事務所に1日伺って業務の流れを拝見し、導入の順番をまとめてお渡しする「AI導入・現場診断サービス」もご用意しています。
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