本人亡き後、高齢の配偶者、そして子といった継続する財産管理のニーズに応えるため、生前対策の有力な選択肢として「受益者連続型信託」を活用するケースが増えています。この記事をお読みの先生方の中にも、実際に組成に携わった経験をお持ちの方も多いことでしょう。
しかし、信託契約を「スタートさせること(入口)」に注力するあまり、実際に当初受益者が亡くなった後に具体的にどのような法務・税務手続きが必要になるか、そして信託が「終了するとき(出口)」にどのような税務リスクが潜んでいるか、頭に入れて設計できているでしょうか?
今回の記事のポイントは下記のとおりです。
- 受益者連続型信託の当初受益者死亡後に発生する法務・税務手続きの全体像を把握する
- 受益権の移動に伴う税務手続き(調書の提出等)は「受益者死亡の翌月末まで」に行う必要がある
- 信託不動産がある場合、当初受益者死亡時には受益者だけでなく「委託者の変更登記手続き」も必要となる
- 委託者の地位承継条項を設けないと、当初委託者の死亡時にその地位が相続人全員に分散してしまう
- 信託終了時に登録免許税や不動産取得税の軽減措置を受けるには「自益信託の継続」という絶対要件を満たす必要がある
今回は、事案をもとに、当初受益者他界後の変更手続き(法務・税務)から、出口戦略を見据えた「委託者の地位承継条項」の重要性まで、実務家として押さえておくべきポイントを根拠条文とともに解説します。
本人亡き後、高齢の妻のために財産管理したいという事例から考える
まずは、よくある具体的な相談事例から、どのような信託スキームを設計すべきか考えてみましょう。
【相談事例】
高齢の父(85歳)の財産管理を継続したいという、長女(58歳)からのご相談です。
家族関係は、父のほか、妻(母・83歳)、子供は長男(60歳)と長女の3人です。
父の財産は、実家のほか、金融資産(預貯金)があります。子二人はすでにそれぞれマイホームを持っており、実家を相続して住む予定はありません。また、今後両親が健康状態の悪化により施設に入所するなど、生活環境の変化に伴い実家を売却し、最終的に手放す可能性も十分にあります。現在、実家は父と母の二人暮らしです。
こういった相談があった場合、信託や生前対策を手掛けている専門家が真っ先に思いつくのが「受益者連続型信託」のスキームだと思います。
当初受益者を父、受託者を財産管理を行う子(長女)と設定し、父の他界後は第二受益者を母とするスキームです。
【信託スキーム設計案(図解)】
・委託者: 父
・受託者: 長女 (※後継受託者:長男)
・当初受益者: 父
・第二受益者: 母
・受益者代理人: 長男 (※後継受託者就任時は退任)
・信託財産: 実家(不動産)、金銭
・信託終了事由: 父及び母の死亡、受託者及び受益者の合意
・残余財産の帰属権利者: 長男
この設計により、父が元気なうちは長女が父のために財産を管理・運用(必要があれば実家売却)し、父が亡くなった後も信託は終了せず、引き続き母のために長女が財産管理を継続できる、という安心の仕組みが完成します。
さて、問題はここからです。信託がスタートして数年後、当初受益者である父が他界しました。この後、受託者である長女や専門家は、具体的にどのような手続きを行っていくべきか、法務と税務の両面から考察していきます。
当初受益者他界後の受益者変更に伴う法務と税務
今回のケースは「受益者連続型信託」であるため、委託者兼受益者である父が死亡しても信託終了事由には該当せず、信託は継続します。そして、信託契約の定めに従い、第二受益者である母が新たに受益権を取得することになります。
このとき、信託財産である不動産そのものの名義は受託者(長女)のままであり、所有権の移転は発生しません。しかし、不動産の登記簿に付随する「信託目録」に記録されている「受益者」と「委託者」の情報が変わるため、法務局での変更登記手続きが必須となります。
不動産登記法第103条1項(信託の変更の登記の申請)
前二条に規定するもののほか、第九十七条第一項各号に掲げる登記事項について変更があったときは、受託者は、遅滞なく、信託の変更の登記を申請しなければならない。
受益者の変更登記手続き
信託目録の受益者を「父」から「母」へ変更する登記を行います。
この受益者の変更登記は、登録免許税として「不動産の個数×1,000円」がかかります。あくまで信託目録の記載事項の変更であり、所有権の移転(不動産の取得)ではないため、この時点では不動産取得税は課税されません。
登記申請は、受託者(長女)の単独申請により行います。
ここで実務上のポイントとなるのが「登記原因」をどう記載するかです。「死亡」とするのか、「相続」とするのかは、信託契約書の条項の定め方により変わります。
連続型信託を設計する際、多くの専門家は信託法第91条の規定を用いて「前受益者の死亡によりその受益権が消滅し、次順位受益者が新たな受益権を取得する(消滅発生型)」という条項を設けているはずです。
信託法第91条(受益者の死亡により他の者が新たに受益権を取得する旨の定めのある信託の特例)
受益者の死亡により、当該受益者の有する受益権が消滅し、他の者が新たな受益権を取得する旨の定め(受益者の死亡により順次他の者が受益権を取得する旨の定めを含む。)のある信託は、当該信託がされた時から三十年を経過した時以後に現に存する受益者が当該定めにより受益権を取得した場合であって当該受益者が死亡するまで又は当該受益権が消滅するまでの間、その効力を有する。
この「消滅発生型」で契約書を作成している場合、受益権が相続財産として遺産分割の対象になることを防ぐことができます。この場合の登記原因は「年月日受益者父の死亡」として、受益者の変更登記を行うことになります。
受益者死亡による税務手続き
法務局での変更登記と併せて、絶対に忘れてはならないのが税務署への手続きです。この税務手続きは期限が非常に短いため、専門家によるアドバイスが不可欠です。
前受益者(父)の死亡を原因として、新たに受益権を取得した新受益者(母)は、税務上「遺贈により財産を取得した」とみなされ、相続税の課税対象となります(相続税法第9条の2第2項)。そのため、税理士の先生と連携して不動産や信託内金銭の評価額を算定し、相続税の申告準備を進める必要があります。
さらに、これとは別に、受託者(長女)には税務署への報告義務が生じます。受託者は、「父が他界した日の属する月の翌月末日」までに、「信託に関する受益者別調書」および「信託に関する受益者別調書合計表」を所轄の税務署に提出しなければなりません(相続税法第59条第3項)。
通常の相続税申告の期限は「死亡を知った日の翌日から10ヶ月以内」ですが、この「受益者別調書」の提出期限は「翌月末日」です。例えば、父が8月15日に亡くなった場合、9月30日までに提出しなければなりません。ご家族が葬儀や四十九日の法要などで慌ただしくしている間に期限が到来してしまうため、組成に関与した専門家からのアナウンスが必要です。
見落としがちな「委託者の地位」と変更登記
当初受益者(父)が死亡した際、実務家が陥りやすい最大の落とし穴が「委託者の地位」の扱いです。受益者が母に変わったことは誰の目にも明らかですが、では「委託者」は誰になったのでしょうか?
委託者の地位は原則として相続人全員に承継される
信託法上、信託契約書に別段の定めがない限り、委託者の地位は「相続」により承継されると解釈されています。つまり、今回の事例で父が死亡した場合、何も手当てをしていなければ、委託者の地位は法定相続人である「妻(母)、長男、長女」の3人に分散して承継されてしまうのです。
受益者は母単独であるにもかかわらず、委託者が母・長男・長女の3人になってしまうと何が問題なのでしょうか?
委託者は、受託者の解任権、信託監督人の選任権、信託の変更や合意終了の権利など、信託法上、強力な権利を有しています。委託者の地位が複数人に分散してしまうと、将来、信託契約の内容を変更したい場合や、状況が変わって信託を合意終了させたい場合に、これら相続人全員の同意が必要になってしまいます。
もし兄弟間で少しでも意見の対立があれば、円滑な財産管理を行うために組成したはずの信託が、全く身動きの取れない状態に陥ってしまうのです。
委託者の変更登記手続き
この「受益者と委託者の地位の分散」という事態を防ぐため、実務に精通した専門家が作成する信託契約書には、以下のような趣旨の条項が盛り込まれています。
「受益者の地位は委託者の地位とともに移転する(受益権を取得した者が、当然に委託者の地位も承継する)」
この「委託者の地位承継条項」があることで、父の死亡により母が第二受益者となると同時に、委託者の地位も母単独に承継されることになります。委託者と受益者が常に一致する状態を保つことができるのです。
法務上の手続きとしては、先ほど説明した「受益者の変更登記」と同時に、「委託者の変更登記」も申請しなければなりません。
委託者の変更登記も受託者の単独申請で行うことができ、登録免許税として「不動産の個数×1,000円」がかかります。
信託終了時の落とし穴!税の軽減措置が使えないリスク
さて、ここからが本記事の核心部分です。 委託者の地位をどのように設計するかが、信託期間中だけでなく、最終的に信託が終了して不動産を帰属権利者に引き渡す「出口」の段階で、大きな税務リスクに直結します。
事例の続きを考えてみましょう。
その後、数年が経過し、第二受益者である母も他界しました。信託契約の定めに従い、信託は終了し、清算受託者(長女)は残余財産である実家の不動産を、帰属権利者である「長男」へ引き渡すことになります。
このとき、長女から長男への所有権移転登記(及び信託抹消登記)が必要となりますが、ここで「登録免許税」と「不動産取得税」が課税されます。
登録免許税の軽減措置とその要件
信託終了に伴い不動産を受託者から帰属権利者に移転する場合、本来であれば「売買」などと同じく、固定資産税評価額の1000分の20(2%)の登録免許税がかかります。
しかし、登録免許税法第7条第2項の規定により、一定の要件を満たすことで、この税率が「1000分の4(0.4%)」(相続と同等の税率)に大幅に軽減される特例措置が存在します。
登録免許税法 第7条第2項(信託財産の登記等の課税の特例)
信託の信託財産を受託者から受益者に移す場合であつて、かつ、当該信託の効力が生じた時から引き続き委託者のみが信託財産の元本の受益者である場合において、当該受益者が当該信託の効力が生じた時における委託者の相続人(中略)であるときは、当該信託による財産権の移転の登記又は登録を相続(中略)による財産権の移転の登記又は登録とみなして、この法律の規定を適用する。
軽減措置を受けるための主な要件は、以下の2つです。
1.自益信託の継続: 信託の効力発生時から信託終了時まで、引き続き「委託者=受益者」の状態が崩れずに継続していること。
2.委託者の相続人への移転: 信託効力発生時の委託者(当初委託者)の法定相続人に対して、財産を引き渡すこと。孫や第三者への帰属は対象外となります。
不動産取得税の非課税措置とその要件
不動産取得税についても同様です。信託終了による不動産の取得は、原則として不動産取得税(固定資産税評価額の3%〜4%)が課税されますが、地方税法第73条の7第4号の規定により、先ほどの登録免許税とほぼ同じ要件を満たすことで「非課税」となります。
地方税法 第73条の7(形式的な所有権の移転等に対する不動産取得税の非課税)
四 信託の効力が生じた時から引き続き委託者のみが信託財産の元本の受益者である信託により受託者から当該受益者(次のいずれかに該当する者に限る。)に信託財産を移す場合における不動産の取得
ロ 当該信託の効力が生じた時における委託者から第一号に規定する相続をした者
委託者の地位が第2次受益者(母)と一致していないとどうなるか
もし、専門家が契約書作成時に「委託者の地位」について深く考えず、「委託者の地位は消滅する」あるいは「委託者の地位は相続人に承継される(条項なし)」といった設計をしてしまっていたら、どうなるでしょうか?
父の死亡時、受益者は「母」になりますが、委託者は「消滅」しているか、あるいは「母・長男・長女」の3人に分散しています。
この時点で、「引き続き委託者のみが受益者である(委託者=受益者)」という自益信託の継続要件を満たさなくなってしまいます。
結果として、母が死亡して信託が終了し、帰属権利者である長男が実家を取得する際、登録免許税の軽減措置(0.4%)も、不動産取得税の非課税措置も、一切受けられなくなります。
【税額シミュレーションの悲劇】
仮に実家(土地・建物)の固定資産税評価額が5,000万円だったとします。
・適切な設計(軽減措置適用)の場合:
-登録免許税: 5,000万円 × 0.4% = 20万円
-不動産取得税: 非課税 = 0円
合計: 20万円
・不適切な設計(本則課税)の場合:
-登録免許税: 5,000万円 × 2.0% = 100万円
-不動産取得税: 5,000万円 × 3.0% = 150万円
合計: 250万円
その差額はなんと230万円に及びます。
「父の想いを継いで、母の老後を守り、実家を長男へ」という素晴らしい信託の仕組みを作ったはずが、専門家の条項設計のミス一つで、長男に250万円もの予期せぬ税金がかかることになります。実際に、このようなケースで信託終了後に都税事務所や県税事務所から高額な「不動産取得税の納税通知書」や「お尋ね」が届き、青ざめるという事態が実務の現場で発生しています。
将来の税務リスクを回避する「委託者の地位承継条項」
このような出口(終了時)における悲劇を防ぐためには、入口(組成時)の契約書作成段階で、将来の法務・税務リスクを排除した緻密な設計が不可欠です。
かつての信託実務の初期段階では、委託者が持つ「受託者解任権」などの強い権限が、親族間のトラブルに悪用されることを恐れ、「当初委託者の死亡により、委託者の地位及び権利は消滅する」と規定する「委託者の地位消滅型」の契約が主流だった時期がありました。
しかし、現在では税務上のリスク(自益信託の継続要件を満たさないリスク)が明確になったため、この手法は絶対にお勧めできません。
この「第二受益者への委託者の地位承継条項」を盛り込むことで、父から母へ受益権が移る際、委託者の地位も同時に母単独へと移転します。これにより「委託者=受益者(母)」という自益信託の要件が完全に維持され、将来、長男が実家を取得する際の税負担を確実に軽減(非課税)させることができるのです。
また、地位は承継させつつも、不要な権利行使を防ぎたい場合は、上記の承継条項に加えて、「ただし、委託者の有する受託者解任権(信託法第58条第1項)は行使できないものとする」といったように、特定の権利のみを制限・消滅させる特約を組み合わせるという高度な設計手法も有効です。
まとめ
- 受益者連続型信託の当初受益者死亡後に発生する法務・税務手続きの全体像を把握する
- 受益権の移動に伴う税務手続き(調書の提出等)は「受益者死亡の翌月末まで」に行う必要がある
- 信託不動産がある場合、当初受益者死亡時には受益者だけでなく「委託者の変更登記手続き」も必要となる
- 委託者の地位承継条項を設けないと、当初委託者の死亡時にその地位が相続人全員に分散してしまう
- 信託終了時に登録免許税や不動産取得税の軽減措置を受けるには「自益信託の継続」という絶対要件を満たす必要がある
家族信託は、契約書を作って財産管理をスタートさせる「入口」の設計だけでは半人前です。数年、あるいは数十年後に訪れる「当初受益者の死亡時の手続き(中間)」、そして最終的に財産を引き渡す「信託終了時の法務・税務(出口)」までを完全に見据え、依頼者に不測の損害を与えない設計を行うことこそが、我々実務家に求められる仕事です。
特に今回解説した「委託者の地位承継と税制の軽減措置」の関係は、信託法、不動産登記法、登録免許税法、地方税法が絡み合う領域であり、安易に入手した無料のひな形を流用しただけの自己流の契約書では、将来のご家族に数百万円単位の税負担という「負の遺産」を残す非常に危険な行為と言えます。
また、もし先生方が過去に「委託者の地位消滅型」や「委託者の地位承継の定めがない」スキームで組成した案件をお持ちであれば、税務リスクが顕在化する前に、速やかに依頼者に連絡を取り、信託変更契約によって「地位承継型」へ修正する手当てを行うことをお勧めします。
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