家族信託の組成をサポートする中で、「受託者となる家族への報酬は無償でよいのか?」という悩みに直面したことはありませんか?
親の財産を子が管理するような家族間の管理型信託においては、受託者の報酬を無償とするケースが一般的です。しかし、受託者は信託財産の管理や帳簿作成、さらには身上監護的な負担まで負うことが多く、あえて「受託者報酬」を設定することが争族対策として有効な場面もあります。
その一方で、実務上、この「受託者報酬」の設定が思わぬトラブルの火種になるケースが増えています。特に、受託者が受け取る報酬は税務上「雑所得」となるため、受託者が公務員や副業禁止の会社員であった場合、予期せず就業規則や法律に抵触してしまうリスクがあるのです。
今回の記事のポイントは下記のとおりです。
- 信託報酬を設定することで、信託ではできない「生前贈与」の代わりに、合法的な財産移転による相続対策が可能になる
- 受託者の報酬は税務上「雑所得」となり、給与所得者が年20万円以上受領すると確定申告の義務が生じる
- 受託者報酬は原則として、受益者の不動産所得の必要経費としては認められない
- 受託者が公務員や特定の金融機関職員などの場合、雑所得の発生(受託者報酬の受領)が「副業禁止規定」に抵触するリスクがある
- 後々のトラブルを防ぐため、受託者報酬の税務リスクや副業問題については必ず「重要事項説明書」に明記し、事前説明を徹底する必要がある
専門家として、後々のトラブルを防ぐための適切なヒアリングとリスク説明の手法について、詳しくお伝えします。
目次
家族信託における「受託者報酬」設定の基本と目的
家族信託契約書を起案する際、信託報酬額はどのように設計すべきでしょうか。
なぜ家族間信託は無報酬が多いのか?あえて報酬を設定する意義
親の財産を子が管理するような家族信託では、受託者報酬を設定せず無償とするのが一般的です。これは、あくまで「家族のための財産管理」という側面が強いためです。
しかし、信託法上、報酬の設定に制限はありません。家庭裁判所が定める成年後見報酬の目安を参考に「月額1〜2万円」と定額で設定したり、収益物件を管理する場合には「賃料収入の〇%」と割合で設定したりすることも可能です。
争族対策としての効果(受託者の負担を可視化する)
受託者は財産管理の責任を負い、実質的には親の介護等の身上監護の負担も抱え込むことが多くなります。しかし、受託者以外の他の家族(兄弟など)からは、その労力が見えにくいのが実情です。「親の財産を勝手に使っているのではないか」といった疑心暗鬼を生み、親の相続発生時にトラブル(争族)に発展するケースも少なくありません。
そこで、専門家があえて家族会議の場で「受託者報酬」の話題を切り出すことが重要になります。受託者がいかに重い責任と負担を負うのかを可視化し、報酬という形で報いる仕組みを提案することで、他の家族に受託者の負担を理解させるきっかけとなります。仮に最終的に「無報酬」となったとしても、この説明する過程を経ること自体が大きな争族対策になるのです。
家族間で受託者報酬を定めても信託業法違反とならない
「反復継続して信託を引き受けて報酬を得る」と信託業法違反(無免許営業)となりますが、家族間で行う1回限りの信託引受けであれば反復継続性がないため、信託報酬を受け取っても信託業法違反にはなりません。
受託者報酬が税務に与える影響と「雑所得」問題
信託報酬を設定する場合、専門家が最も注意しなければならないのが「税務上の取り扱い」です。
受託者報酬は原則「不動産所得の必要経費」にはならない
よくある誤解として、「受託者に支払った報酬を、受益者(親)の不動産所得の経費に落としたい」という要望があります。結論から言うと、これは原則として必要経費には認められません。
受託者としての管理実態があったとしても、同一生計の親族に対する受託者報酬は経費化できません。
経費化を目指す場合は、不動産管理に特化した信託目的を明確にするなど、税理士との緻密なスキーム構築が必須となります。
受託者が受け取る報酬は税務上「雑所得」となる
信託報酬を受領した受託者個人にとっては、その報酬は税務上「雑所得」として扱われます。
給与所得者(会社員など)が給与以外の所得を年間20万円以上得た場合、確定申告を行う義務が発生します。専門家は、組成時に「報酬を受け取ることで、受託者自身に確定申告の手間と税金が発生する」ことを、顧客へ明確に伝えておかなければなりません。
【要注意】受託者が「公務員」や「副業禁止の会社員」の場合のリスク
受託者報酬が「雑所得」となる事実が引き起こす、発生しがちなトラブルが「副業規定への抵触」です。
雑所得の発生が「副業禁止規定」に抵触する可能性
昨今、副業を解禁する企業も増えましたが、依然として就業規則で副業を厳しく制限している企業は多く存在します。
受託者報酬を受け取って雑所得が発生し、確定申告を行う(または住民税の金額が変わる)ことで、本業の勤務先に「給与以外の収入を得ている」ことが発覚します。これが就業規則上の「副業」や「兼業」とみなされ、懲戒処分の対象となるリスクがあるのです。
要注意!副業規定に抵触しやすい役職・職業とは
特に、以下の職業に就いている方が受託者となる場合は、慎重な対応が求められます。
- 公務員(国家公務員・地方公務員)
公務員は法律により副業が厳しく制限されています。
〇国家公務員法第104条・地方公務員法第38条
「報酬を得て、いかなる事業若しくは事務にも従事してはならない」と定められており、許可なくこれを行うことは法律違反となります。 家族信託の受託者として継続的に事務を行い、その対価として報酬を得る行為は、まさにこの「報酬を得て事務に従事する」ことに該当する可能性が高く、任命権者の許可を得ずに報酬を受け取ると、懲戒免職や減給などの重い処分を受ける危険性があります。 - みなし公務員
日本銀行、国立大学法人、日本年金機構の職員など、職務の公共性から公務員と同等に扱われる「みなし公務員」も、公務員に準じた厳しい副業制限が課せられていることが多いため注意が必要です。 - 金融機関の職員(銀行員、証券会社勤務など)
銀行や証券会社などの金融機関は、コンプライアンスや情報漏洩防止、金融商品取引法等の観点から、一般企業よりも副業に対して厳しい就業規則を設けていることがあります。
組成前のヒアリングの重要性(職業や就業規則の確認)
専門家は、信託設計を行う際、受託者候補の「職業」や「勤務先の就業規則」を必ずヒアリングしなければなりません。もし受託者が公務員等である場合は、無用なトラブルを避けるために「受託者報酬は無償(無報酬)に設定する」ことを提案すべきです。
相続税対策としての効果と「暦年贈与スキーム」との違い
ここで視点を変え、税務上のリスクを理解した上で、あえて受託者報酬を活用するメリットにも触れておきます。
家族信託では直接的な「生前贈与」はできない
「認知症対策として家族信託を組みつつ、親から子への暦年贈与も継続したい」という相談はよくあります。しかし、信託財産の中から子へ無償で資金を渡す行為は、受託者の「善管注意義務」や「忠実義務」に反し、信託財産を不当に減少させる行為となるため、信託スキーム内で直接的な生前贈与を行うことはできません。
信託報酬を活用した合法的な信託財産の移転効果
そこで活用できるのが「受託者報酬」です。
適正な範囲で受託者報酬を設定し、信託財産から受託者へ報酬を支払うことで、結果的に親(委託者)の財産を合法的に減らすことができます。これは、贈与という形をとらずに親から子へ財産を移転させる効果を持ち、将来の相続財産を圧縮する「相続税対策」として機能します。
ただし、前述の通り受託者には「雑所得」としての所得税・住民税が課せられます。暦年贈与(基礎控除110万円以下なら無税)と比較した場合の税負担の有利・不利については、税理士と連携してシミュレーションを行うことが不可欠です。
後々のトラブルを防ぐ!「重要事項説明書」への明記と説明義務
これまでに述べた税務リスクや副業に関する問題を、顧客に「口頭で伝えただけ」で終わらせてはいけません。
なぜ口頭説明だけでは不十分なのか?
家族信託は組成から数年、数十年と続く長期的な契約です。「受託者報酬が雑所得になること」や「副業規定の確認が必要なこと」を口頭で伝えただけでは、時間が経つにつれて顧客の記憶から抜け落ちてしまいます。後になって「そんな税金がかかるとは聞いていない」「会社で副業規定違反になり処分された。専門家の説明不足だ」と損害賠償請求等のトラブルに発展する恐れがあります。
重要事項説明書に必ず記載すべき「受託者報酬のリスク」
士業・専門家が自らの身を守り、かつ顧客に安心して制度を利用してもらうためには、信託契約を締結する前に「重要事項説明書」を交付し、書面と署名をもって確認の記録を残すことが実務上必須です。
【重要事項説明書に盛り込むべき記載例】
・税務申告義務
受領した受託者報酬は「雑所得」に分類され、年間20万円以上受領した場合は受託者個人による確定申告が必要となること。
・必要経費不算入の原則
原則として、受益者の不動産所得等の必要経費には算入できないこと。
・副業・兼業規定に関する注意喚起
受託者が公務員、または就業規則で副業が禁止されている会社員等である場合、報酬の受領が法律や就業規則に抵触し、処分の対象となるリスクがあること。受託者自身で事前に勤務先へ確認を行う必要があること。
顧客にこれらのリスクを理解・納得してもらった上で、最終的に受託者報酬を設定するかどうか(または無報酬とするか)を決定していただくプロセスを踏むことが、専門家としての正しい責任の果たし方です。
まとめ
- 信託報酬を設定することで、信託ではできない「生前贈与」の代わりに、合法的な財産移転による相続対策が可能になる
- 受託者の報酬は税務上「雑所得」となり、給与所得者が年20万円以上受領すると確定申告の義務が生じる
- 受託者報酬は原則として、受益者の不動産所得の必要経費としては認められない
- 受託者が公務員や特定の金融機関職員などの場合、雑所得の発生(受託者報酬の受領)が「副業禁止規定」に抵触するリスクがある
- 後々のトラブルを防ぐため、受託者報酬の税務リスクや副業問題については必ず「重要事項説明書」に明記し、事前説明を徹底する必要がある
家族信託の契約書作成は、単に法律に沿った条文を並べるだけでは不十分です。顧客の職業や家族関係といった背景まで深くヒアリングし、数年後に起こり得る税務リスクや労務リスクを先回りして潰しておく「設計力」が、我々士業・専門家には求められています。
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2. 今回の記事で取り上げた「重要事項説明書」作成の実務を深く知りたい方へ
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