「農地は家族信託できない」——僕たち家族信託に携わる専門家にとって、半ば常識だったこの前提が、いよいよ変わるかもしれません。
2026年8月26日付の日本経済新聞朝刊に、「農地の相続分散に歯止め 農水省、信託の解禁検討」という記事が載りました。農林水産省が、農地法の改正を視野に、農地の”信託の解禁”を検討し始めた、という内容です。
僕はこの記事を読んだとき、正直「ようやく来たか」と感じました。というのも、農地をお持ちの親御さんの認知症対策の相談は現場では決して珍しくないのに、農地だけは信託で打つ手がなく、悔しい思いをしてきた分野だからです。
今回は、この報道の中身と、現行法のおさらい、そして僕たち専門家が”今”何をすべきかを、実務家目線で整理していきます。
- 農水省が農地法改正を視野に「信託の解禁」の検討に入った(2026年8月・日経報道)
- 現行法では、農地は”農地のまま”家族信託できない(農地法3条)
- 解禁されれば、農家の認知症対策・相続分散防止に新たな選択肢が生まれる可能性が高い
- ただし、まだ検討段階。いま相談を受けたときの実務対応と、今から準備しておくことを解説します
農水省が「農地の信託解禁」の検討に入った——日経報道の中身
まず、報道のポイントを整理しておきましょう。
日経の記事によると、農水省は農地を農家以外の親族に譲りやすくする検討に入り、その中心にあるのが「信託の解禁」です。相続で農地の権利が細かく分散してしまい、貸すにも売るにも合意形成が進まない——その結果、耕作放棄地が増えていく事態に歯止めをかけるのが狙いとされています。
背景にある数字が、なかなか強烈です。
農水省によると、2025年3月末時点で、全国の農地の2割にあたる106万ヘクタールで所有者が不明か、近隣に不在の状態だったそうです。個人経営の農家のうち7割・約70万人が65歳以上で、平均年齢は68歳に迫る。農業経営体の数はこの20年ほどで6割減った、とも書かれています。
つまり、「高齢の所有者」×「非農家の相続人」×「資産価値が低く協議が後回しにされがちな財産」という、権利分散が起きる条件が揃いに揃っているわけです。宅地以上に深刻な”塩漬け”予備軍と言っていいと思います。
記事では、農地法の改正を視野に入れ、贈与や相続の際の納税猶予の対象拡大につながる可能性もあるため、2027年度の税制改正要望に反映し、年末にかけて政府・与党内で詳細を調整する、とされています。
ここで一つ、大事な注意点があります。
これはあくまで報道ベースの「検討入り」の段階で、この記事を書いている2026年8月末時点では、農水省から審議会資料や税制改正要望のような一次資料はまだ公表されていません(例年の流れだと、税制改正要望は8月末〜9月に各省庁から提出されるので、近いうちに何か出てくるかもしれません)。制度の中身も施行時期も、何も確定していない。この温度感を間違えると、お客様への説明を誤ることになるので、まずここを押さえておいてください。
おさらい:現行法では農地を「農地のまま」家族信託できない
では、そもそもなぜ農地は家族信託できないのか。若手の先生方のために、現行法をおさらいしておきます。
農地の権利移転には、農地法3条に基づく農業委員会の許可が必要です。そして信託による権利取得は、農業協同組合などが引き受ける一部の信託事業を除いて、原則として許可されない建付けになっています。
家族信託は、委託者から受託者へ財産の所有権を移転する仕組みです。つまり、お子さんを受託者にして親御さんの農地を信託しようとすると、この農地法3条の壁に正面からぶつかる。「農地をそのまま農地として使う前提で、家族を受託者にする信託」は、現行法では通らないんです。
僕の事務所にも、「実家が農家で、父の判断能力があるうちに何とかしたい」という趣旨のご相談をよくいただきます。アパートや自宅、金銭は信託に入れられるのに、農地だけは入れられない。農地こそ塩漬けになったら一番困る財産なのに、認知症対策の選択肢が一番少ない——これが現場の実感です。
現行法での対応方法(市街化区域の農地の転用や、停止条件付の信託契約など)は、以前こちらの記事で詳しく書いていますので、あわせてお読みください。
解禁されたら実務はどう変わるのか?
では、仮に報道どおり信託が解禁されたら、僕たちの実務はどう変わるのでしょうか?
一番大きいのは、農家の認知症対策に、ようやく”本命”の選択肢が生まれることだと僕は考えています。
記事でも、信託契約を結べば管理や運用、処分の権利を移転でき、認知症などによる将来の判断能力の低下にも備えられる、と指摘されています。農業に理解のある相続人に生前から農地を委ねておけば、所有者が判断能力を失っても、意欲のある担い手への貸し付けなどを円滑に進められる。まさに僕たちが宅地やアパートでやってきた家族信託の効果が、農地でも使えるようになるイメージです。
もう一つ注目しているのが、相続分散の防止という切り口です。
農地を貸すには持分の過半数、売るには全員の合意が必要です。相続を重ねて共有者が増えるほど、この合意形成は絶望的になっていきます。信託で権利を一本化しておけば、この分散そのものを止められる。受益者連続型の設計と組み合わせれば、二次相続以降の分散まで手当てできる可能性もあります。
さらに、贈与税・相続税の納税猶予の対象拡大につながる可能性にも触れられています。ここが動くと、税理士の先生方との連携案件も確実に増えるはずです。
ただし、冷静な見方も紹介しておきます。記事の中で東京大学の安藤光義教授は、農地は”負の不動産”になりやすく、信託の受け手が出てくるか懸念がある、と指摘しています。制度ができても、受託者のなり手がいなければ絵に描いた餅です。解禁されたら何でも解決、という話ではないことも、頭に入れておきたいところです。
では、いま農地の相談を受けたらどう対応するか?
ここからが本題です。報道を見たお客様から、「農地も信託できるようになるんですよね?」と聞かれたら、先生方はどう答えますか?
「解禁されるまで待ちましょう」——これは答えにならない、と僕は思っています。
理由はシンプルで、認知症は制度改正を待ってくれないからです。制度の詳細が固まり、法案が通り、施行されるまで、どんなに早くても年単位の時間がかかります。その間に委託者の判断能力が失われたら、信託そのものが組めなくなる。「待つ」という判断は、実は一番リスクの高い選択肢なんです。
では、実際にどう動くのか?僕なら、こう整理してお客様に説明します。
①今できる対策を先に固める
農地以外の財産(自宅、アパート、金銭)は、今の法律で問題なく信託できます。まず本体の認知症対策を固めてしまう。農地については、任意後見や遺言を組み合わせて”穴”を塞いでおく。これが基本形です。
②農地は「条件付き」で信託契約に織り込んでおく
農地法の許可や転用を停止条件として、農地部分だけ効力を保留する条件付信託契約という手法があります。この設計にしておけば、将来制度が動いたときに、あらためて契約を組み直さなくても対応できる可能性が高い。転用や融資が絡むケースの設計は、こちらの記事で詳しく解説しています。
③制度改正の動きを「情報提供」としてお客様に届ける
そして、これが一番の提案です。今回の報道は、検討段階だからこそお客様への情報提供のネタとして最高の材料になります。「まだ確定していませんが、こういう動きがあります。動きが固まったらすぐご案内します」——この一言が言える専門家と言えない専門家、顧客からの信頼の差は歴然です。
専門家として今から準備しておくこと
最後に、僕たち専門家側の準備の話です。
チェックしておくべきタイミングは2つ。年末にかけての政府・与党内の調整と、2027年度税制改正要望(例年8月末〜9月に各省庁が提出し、12月に大綱がまとまる流れ)です。ここで信託解禁の枠組みと納税猶予の扱いがどこまで具体化するかで、実務への影響が見えてきます。
そして、農地に強くなっておくこと。正直、家族信託を扱う専門家でも、農地法3条・4条・5条の違いや農業委員会の実務まで押さえている方は多くありません。だからこそ、ここで一歩先に準備しておけば、解禁のニュースが本格化したときに「農地×信託」の相談の受け皿になれるわけです。
農業経営体がこの20年で6割減り、農地の2割が所有者不明・不在——この数字は、裏を返せば、それだけの数の”対策されていない資産”が地域に眠っているということです。相続や認知症対策を扱う僕たちにとって、これほど大きなブルーオーシャンはなかなかありません。
まとめ
- 農水省が農地法改正を視野に「信託の解禁」の検討に入った(2026年8月・日経報道)
- 現行法では、農地は”農地のまま”家族信託できない(農地法3条)
- 解禁されれば、農家の認知症対策・相続分散防止に新たな選択肢が生まれる可能性が高い
- ただし、まだ検討段階。いま相談を受けたときの実務対応と、今から準備しておくことを解説します
農地の信託解禁は、まだ検討段階のニュースです。でも、僕はこの流れは間違いなく実務を変えると見ています。制度が固まってから勉強を始めるのか、検討段階から顧客に情報を届けて信頼を積み上げておくのか。差がつくのは、いつだって「まだ確定していない」今の動き方です。
続報が出たら、またこのブログで実務家目線の解説をお届けしますね(^^)/
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