ご家族の将来を思い、家族信託の組成をご相談に来られるお客様から、非常によくお受けするご要望があります。
「家族仲が良いから、私が亡くなった後の財産は子供たちに平等に分けてあげたい」
「自宅やアパートの管理はしっかり者の長男に任せるけれど、最終的な権利(受益権)は長男と次男で半分ずつ共有させてあげたい」
親として、子どもたちを分け隔てなく扱い、公平に財産を遺してあげたいと願うお気持ちは、痛いほどよく分かります。一見すると、この「第二受益者を複数名指定し、受益権を準共有させるスキーム」は、公平な解決策のように思えるかもしれません。
しかし、実務で数多くの信託案件に携わってきた専門家としての立場から申し上げると、安易な「受益権の準共有」は原則としてお勧めしていません。なぜなら、一見公平に見えるこの手法の裏には、将来、家族を機能不全に陥らせる「リスク」がいくつも潜んでいるからです。
今回の記事のポイントは下記のとおりです。
- 受益権の準共有は、給付事務の複雑化や意思決定の停滞など、多くの実務的リスクを伴う
- 信託を終了させるには原則全員の合意が必要なため、将来「共有の罠(デッドロック)」に陥る危険性が高い
- 誰が先に亡くなるかによる条件分岐が複雑化し、契約書の設計ミスや解釈の曖昧さを生みやすい
- 代替案として、1代限りで信託を終了し「換価分割(不動産を売却し現金で分配)」するスキームもある
- どうしても準共有を希望する場合は、リスクを重要事項説明として明確に伝え、実印での捺印を得ることが不可欠
今回の記事では、なぜ我々のような実務家が「受益権の複数型信託(準共有)」を避けたがるのか、その裏側にある生々しいリスクと、それを回避するための正しい設計方法について詳しく解説していきます。これから家族信託を検討される一般のご家族はもちろん、信託実務に関わる士業・専門家の皆様にもぜひ知っておいていただきたい内容です。
目次
1.なぜ「受益権の共有(準共有)」を希望する方が多いのか?
無料相談でヒアリングを重ねていると、ご両親(委託者)の多くが「うちは家族仲が良いから大丈夫」「法定相続分通りにきっちり半分ずつ平等にしたい」と仰います。
確かに、現金であれば綺麗に半分に分けることができます。しかし、実家や収益アパートといった不動産は、物理的に半分に切ることはできません。そこで、「不動産そのものは信託財産として受託者(例:長男)に管理させたまま、そこから生まれる利益や権利(受益権)を、兄弟で半分ずつ共有させれば平等になる」という発想に至るわけです。
親心としては非常に自然な流れです。しかし、信託という制度は、数年、場合によっては十数年、数十年と長期にわたって運用されていくものです。「今は仲が良い」兄弟も、将来それぞれが結婚し、家庭を持ち、経済状況が変化すれば、考え方や利害が対立することは決して珍しくありません。
この「今は大丈夫」という過信が、後述するような複雑な実務トラブルを引き起こし、最終的に「争族」へと発展する火種になってしまうのです。
2.専門家が「受益権の準共有」を絶対に避けるべき4つの理由
では、なぜ受益権の準共有を警戒する必要があるのでしょうか。そこには、実務書には載っていない、実際の現場ならではの4つの理由が存在します。
2-1.給付事務の複雑化(現金化を求められた際の計算の罠)
これが、我々専門家が最も避けたいと考える最大の理由です。
受益権を長男と次男で2分の1ずつ準共有しているとします。信託財産にはアパートと現金が含まれています。
ある日、次男の家庭で急に子どもの学費や住宅ローンの支払いでまとまったお金が必要になり、次男が受託者である長男に対してこう言ってきます。
「兄貴、急ぎで現金が必要になったから、信託財産の中にある現金から、俺の持ち分(受益権の2分の1)に見合う300万円だけ先にちょうだいよ」
さて、長男(受託者)はこれに応じることができるでしょうか?
結論から言うと、これは困難な事務処理を伴います。
信託金銭は信託財産を構成する一つの財産であり、その信託財産に対する権利の割合が受益権割合です。次男だけに現金300万円を給付してしまうと、信託財産のうち次男に給付した信託金銭が減る一方で、残ったアパートの価値はそのままですから、長男と次男の受益権の価値バランスが崩れてしまいます。 公平性を保つためには、次男に300万円給付するなら、長男にも同時に300万円給付しなければなりません。しかし、長男は今現金が必要なわけではなく、信託財産内に将来の修繕費として残しておきたいと考えているかもしれません。
もし強引に次男にだけ給付を行うと、次男の受益権評価を変更する必要が生じ、長男と次男の受益権割合を「長男60%:次男40%」のように複雑に計算し直さなければならなくなります。この割合変更は、税務上「みなし贈与」のリスクを生む可能性があり、税理士による複雑な評価と場合によっては申告が必要になります。 受託者である長男にとって、このような煩雑な給付事務と税務リスクを負わされることは、もはやボランティアの域を超えた過酷な負担となってしまうのです。
2-2.信託を終了できないリスク(全員一致の原則と共有の罠)
受益権を複数人で持っていると、いざ「信託を終わらせて財産を清算しよう」と思ったときに大きな壁にぶつかります。
信託法第164条では、信託の合意終了には原則として「委託者および受益者全員」の合意が必要とされています(※信託契約で別段の定めや受益者代理人を設置することで対策を設けることは可能です)。 これはどういうことかと言うと、受益権を準共有にしている状態は、各受益者に「この信託を終わらせない権利」を与えていることと同義なのです。
もし兄弟間で意見が対立し、次男が「俺はまだ信託を終わらせたくない」と反対すれば、長男はいつまでも受託者としての重い管理責任から解放されません。また、もし次男が認知症などで判断能力を喪失してしまったり、音信不通になってしまったりした場合、合意を得ること自体が不可能になり、信託は永久に終了できず、いわゆる「共有の罠(デッドロック)」に陥ってしまいます。
2-3.意思決定の停滞と将来の紛争リスク
信託財産にアパートなどの不動産が含まれている場合、大規模修繕を行うか、あるいは老朽化したから売却するかといった重要な意思決定が必要になる場面が必ず来ます。
形式上、信託契約において「不動産の売却や修繕は、受託者の単独の権限で行える」と定めておけば、法務局での登記手続きなどは長男(受託者)のハンコ一つで進めることができます。
しかし、実態として受益権の半分を持つ次男が「絶対に売るな!親父が残したアパートだぞ!」と猛反対している中で、長男が強引に売却を強行したらどうなるでしょうか?
手続き上は可能であっても、後日、次男から「受託者としての権限の濫用だ」「受益者の利益を害する善管注意義務・忠実義務違反だ!」として損害賠償請求の訴えを起こされるリスクが極めて高くなります。 結局のところ、受託者は「訴訟リスク」を恐れて動けなくなり、不動産は修繕も売却もされず塩漬け状態になる、という結末を招くことになります。
2-4.予備的受益者(条件分岐)の設計ミスと抜け漏れ
第二受益者を複数人に設定すると、その先の「さらに次の世代」へ引き継ぐ際の条件分岐が爆発的に複雑になります。
例えば、長男と次男が第二受益者となった後、長男が先に亡くなることもあれば、次男が先に亡くなることもあります。あるいは、不慮の事故で同時に亡くなる可能性もゼロではありません。
・「長男が先に死亡した場合」長男の持ち分は誰に行くのか?(長男の妻?子?それとも次男?)
・「次男が先に死亡した場合」はどうするのか?
・もし承継先として指定した孫が未成年だったらどうするのか?
これら全パターンの帰属先を想定し、一切の解釈の余地がないように信託契約書に明記しなければなりません。もしここに一つでも「抜け漏れ」があると、いざその事態が発生した際に「この持ち分は誰のものになるのか?」で解釈が分かれ、信託の機能が停止し、家庭裁判所を巻き込むような致命的な不備につながります。 設計が複雑になればなるほど、ヒューマンエラーのリスクは跳ね上がるのです。
3.受益権を兄弟で準共有した場合に想定されるトラブル
理屈ばかりでは分かりにくいと思いますので、実際に起こり得るトラブルを、具体的な事例でシミュレーションしてみましょう。
3-1.父郎さんの財産を長男と次男で準共有したケース
父郎さん(85歳)は、自宅と賃貸アパート、そして預貯金3,000万円を所有しています。子どもは長男と次男の2人です。「財産は兄弟で平等に分けてほしい」という父郎さんの強い希望で、以下のような信託スキームを組みました。
【信託スキーム設計案(受益権の準共有型)】
・委託者:父郎さん
・受託者:長男
・第一受益者:父郎さん
・第二受益者:長男(受益権割合2分の1)、次男(受益権割合2分の1)
・信託財産:自宅、賃貸アパート、金銭3,000万円
・信託終了事由:受託者及び受益者全員の合意
数年後、父郎さんが他界しました。信託契約通り、長男と次男が第二受益者となり、受益権を半分ずつ持つことになりました。ここからが問題悲劇の始まりです。
次男の家庭で、子どもが私立の医学部に進学することになり、急遽多額の現金が必要になりました。次男は受託者である長男に連絡します。「兄貴、信託財産の現金3,000万円のうち、俺の持ち分の1,500万円を今すぐ振り込んでくれ」
しかし長男は頭を抱えます。
「アパートの築年数が古くなってきて、来年には屋根と外壁の大規模修繕で2,000万円かかる見積もりが出てるんだ。今ここで現金を引き出されたら、修繕費が払えなくなってアパート経営が立ち行かなくなる」
長男が給付を断ると、次男は激怒します。
「俺にも半分の権利があるはずだ!修繕なんて後回しにしろ!それがダメならアパートを今すぐ売却して現金で給付してほしい。」
長男は「親父が残したアパートを今安値で手放すわけにはいかない」と反論。
こうして意見は完全に真っ二つに割れることになります。
次男はお金をもらえない不満から、「だったらもう信託なんて終わりにしよう。俺は合意しないぞ」とへそを曲げてしまい、信託の合意終了もできなくなりました。
長男は、次男から「善管注意義務違反で訴えるぞ」と脅されながら、終わりの見えないアパート管理の重圧とストレスを一人で背負い続けることになってしまったのです。
これが、安易な「受益権の準共有」が引き起こす、極めて現実的なデッドロック(行き詰まり)の恐怖です。
4.受益者複数型信託の代替スキーム
では、このような悲劇を回避しつつ、親の「平等に分けてあげたい」という想いを叶えるにはどうすればよいのでしょうか。
私たち実務の専門家が強く推奨するのは、受益権を共有させるのではなく、「信託を終わらせてから分ける」というアプローチです。
4-1.1代限りで信託を終了し、「換価分割」で分配する
最もシンプルでリスクが低いのは、以下のように設計することです。
【代替スキーム】
・信託終了事由:「第一受益者(父郎さん)の死亡」
・帰属権利者(残った財産をもらう人):長男(2分の1)、次男(2分の1)
つまり、父郎さんが亡くなった瞬間に「信託を終了」させます。 信託法上、信託が終了すると受託者は「清算受託者」となり、残務処理を行うモードに入ります。この清算の手続きの中で、不動産をそのまま共有名義で渡すのではなく、清算受託者である長男の権限で不動産を第三者に売却し、現金化します。
これを実務用語で「換価分割」と呼びます。 不動産を現金に換えてしまえば、1円単位できっちり平等に分けることができます。信託期間中の複雑な給付計算や、将来の修繕方針で揉めることもありません。「信託を終わらせて、現金で平等に分配する」。これが、将来の禍根を残さないための出口戦略なのです。
4-2.どうしても準共有を希望する場合の最終対策
しかし、お客様の中には「どうしても実家やアパートを売却せず、そのまま残して兄弟で権利を共有させたい」と強く希望される方もいらっしゃいます。
我々専門家が何度リスクを説明してもご納得いただけない場合、実務家としてはどのように自己防衛し、後々のトラブルを最小限に抑えるべきでしょうか。
将来世代を含めたリスク説明とエビデンス(実印捺印)の取得
基本スタンスとして、安易に引き受けることはしません。それでも組成する場合は、将来の受益者(お子様たちや、場合によってはお孫様世代)も含めた関係者全員に集まっていただきます。
そして、家族信託の重要事項説明書に、本記事で挙げたようなリスクを記載したうえで説明します。
・一部の受益者のみへの給付を行う場合、信託財産の構成割合と受益権割合の不一致が生じるため、他方受益者への同額給付や受益権割合の変更(これに伴うみなし贈与等の税務上の申告義務等)を要するおそれがあること。
・信託財産の管理・処分(修繕や売却等)に関する意思決定において、受益者間で意見の不一致が生じた場合、受託者の善管注意義務違反や忠実義務違反に問われる訴訟リスク等を伴い、事実上、信託目的の遂行(権利行使)が著しく困難となるおそれがあること。
・共同受益者のうち1名でも認知症等により意思能力を喪失した場合、信託の合意終了や受益者の同意を要する法律行為が不能となり、信託財産が長期にわたり処分不能状態に陥る危険性が極めて高いこと。
これらを包み隠さず伝え、それでも構わないという強い意思を確認します。 その上で、後日の「そんなリスクは聞いていない」「言った・言わない」のトラブルを防ぐため、共有のデメリットと将来のデッドロックのリスクを十分に承知した上で、ご家族の強い希望によりこのスキームを選択した旨を、重要事項説明書や合意書等の書面に明記します。 そして、関係者全員から実印での捺印をいただき、説明、了承したことについてのエビデンスとして保管します。
冷たい対応に思えるかもしれませんが、ここまでやって初めて、ご家族にも「それほどリスクがあることなのか」という覚悟を持っていただくことができるのです。
まとめ
今回の記事のポイントを再度まとめます。
- 受益権の準共有は、給付事務の複雑化や意思決定の停滞など、多くの実務的リスクを伴う
- 信託を終了させるには原則全員の合意が必要なため、将来「共有の罠(デッドロック)」に陥る危険性が高い
- 誰が先に亡くなるかによる条件分岐が複雑化し、契約書の設計ミスや解釈の曖昧さを生みやすい
- 代替案として、1代限りで信託を終了し「換価分割(不動産を売却し現金で分配)」するスキームもある
- どうしても準共有を希望する場合は、リスクを重要事項説明として明確に伝え、実印での捺印を得ることが不可欠
「家族みんなで平等に」という親の希望は理解できます。しかし、希望をそのまま反映した信託契約は、かえって残された子どもたちを苦しめるリスクを生じさせることになりかねません。 家族信託は、組成すること(入り口)が目的ではなく、将来安全に財産を引き継ぎ、円満に終わらせること(出口)こそが真の目的です。
そのためには、机上の法律知識だけでなく、数十年後に起こり得る家族のトラブルを予測し、それを未然に防ぐ実務家の提案が不可欠です。
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