「受託者のなり手がいないんです。いっそ、顧問税理士の先生に受託者をお願いできませんか?」
家族信託の実務をしていると、こういうご相談を本当によくいただきます。
僕が主宰しているサロンの会員の先生方からも、「委託者の顧問税理士を無報酬で受託者にする案件の相談を受けたが、問題ないか」といった質問は定番中の定番です。
たしかに、報酬をもらわなければ信託業法はクリアできそうな気がしますよね。
でも、この「無報酬ならいいんじゃないの?」という発想、一見筋が通っているだけに…実はかなり危ないんです。
- 専門家が家族信託の受託者になるには“信託業法”の壁がある
- 「無報酬なら大丈夫」は実質的報酬・反復性の観点で危ない
- 無報酬受託者は職業賠償責任保険の対象外=責任は全部・保険はゼロ
- 一般社団法人受託者も”社員のなり手”という同じ問題に行き着く
- 実務の落としどころは家族受託者+専門家の信託監督人・受益者代理人
今回は、専門家が家族信託の受託者になれるのか、「無報酬受託者」の何が問題なのか、そして実務ではどこに着地させるべきなのかを、僕の実務での考え方をベースにお伝えしていきます。
なぜ「専門家を受託者に」という発想が出てくるのか
そもそも、なぜこの相談がこんなに多いのか。
理由はシンプルで、家族信託の最大のボトルネックが“受託者のなり手不足”だからです。
おひとりさま、子どものいないご夫婦、親族はいるけれど疎遠…。財産管理のニーズは年々増えているのに、財産を任せられる家族がいないケースが確実に増えています。
そうなると、お客様からも紹介元の専門家からも、自然にこういう発想が出てきます。
「日頃から財産状況を全部見ている顧問税理士さんが一番信頼できる。あの先生に受託者をやってもらえないか」
お気持ちはものすごくよく分かります。だからこそ、専門家側が正しい判断軸を持っておく必要があるんです。
大原則:信託業法の壁――「営業として」の意味を正確に理解する
まず大原則から確認しましょう。
信託業法では、信託の引受けを”営業として”行う場合には、免許を受けた信託会社等でなければならないとされています(信託業法第2条・第3条)。
ポイントは、この「営業として」という言葉の中身です。
「営業として」とは、一般に”営利の目的”をもって”反復継続”して行うこと、と解釈されています。つまり、
・報酬を得る目的があるか(営利性)
・繰り返し引き受けているか(反復継続性)
この2つの掛け算で判断される、ということですね。
日本司法書士会連合会が2024年11月に出した「民事信託支援業務の執務ガイドライン」でも、民事信託の受託者は司法書士等の専門職ではなく、委託者の親族等が担うことが前提とされていて、司法書士の関与は契約書案文の作成や登記などの”支援業務”と、信託監督人・受益者代理人といった”信託関係人”への就任に整理されています。
ここから、よく出てくる理屈がこれです。
「じゃあ、無報酬なら営利性がないから、信託業法には抵触しない。専門家でも受託者になれるよね?」
たしかに、形式論としてはその通りです。無報酬で、単発で受託者を引き受けるのであれば、「営業として」には該当しない、という整理は可能です。
でも、実務家としてはここで終わってはいけません。
「無報酬だから安全」で終わらせてはいけない2つの理由
理由①:”実質的な報酬”とみなされるリスク
1つ目は、受託者としては無報酬でも、実質的に報酬を受け取っていると評価されるリスクです。
考えてみてください。顧問税理士が受託者に就任するケースで、その税理士は本当に「無報酬」でしょうか?
毎月の顧問料をもらいながら、信託財産の管理もしている。信託財産の税務申告も顧問業務の中でやっている。こうなると、顧問料の中に受託者業務の対価が”溶け込んでいる”と見られる余地が出てきます。
一番分かりやすいアウトのパターンは、「受託者就任の前後で顧問料を増額する」ケースです。これはもう、増額分が信託報酬だと言っているようなものですよね。
対策としては、信託契約書に受託者が無報酬である旨を明記したうえで、顧問契約は信託契約と切り離して従前の内容・金額のまま維持する。顧問料の算定根拠を変えていないことを書面で残しておく。ここまでやって、はじめて「無報酬」という説明に説得力が出ます。
理由②:反復性と”導線設計”のリスク
2つ目は、反復継続性の観点です。
1件だけなら単発です。でも、「無報酬で受託者を引き受ける代わりに、相続税申告や遺言執行といった有償業務を受注する」という導線として設計し、それを複数の顧客に展開したらどうなるか。
直接の受託者報酬はゼロでも、受託者就任が有償業務の入口として機能しているわけですから、スキーム全体として営利性・反復性を問われる余地が出てきます。
「今回だけ、元々の顧問先だから」という単発の判断と、「これはうちの事務所の商品になるぞ」という横展開への発想は、まったく別物だと考えてください。
無報酬でも保険は守ってくれない――職業賠償責任保険の落とし穴
そして、ここが今回一番お伝えしたいポイントです。
仮に信託業法をクリアできたとして…受託者として財産管理でミスをしたら、誰が賠償するのでしょうか?
「職業賠償責任保険(職賠保険)があるから大丈夫」と思った先生は、要注意です。
職賠保険は、どの士業のものも”その資格に基づいて行った業務”に起因する賠償責任だけを補償する建付けになっています。そして、受託者業務は司法書士業務でも税理士業務でも行政書士業務でもありません。
つまり、報酬をもらっているかどうか以前に、入口で対象外なんです。
具体的に見てみましょう。
税理士の場合、税理士職業賠償責任保険の対象は税理士法第2条の業務(税務代理・税務書類の作成・税務相談とその付随業務)に限定されていて、なんと“成年後見人としての業務”ですら対象外と明記されています。
「え、でも税理士会には成年後見支援センターがあって、後見をやっている税理士はたくさんいるよね?」と思った先生、鋭いです。
そうなんです、税理士の後見業務は、職賠保険とは”別建て”の専用保険(成年後見賠償責任保険)でカバーされています。各税理士会では、養成研修を修了してこの専用保険に加入することが、家庭裁判所に提出する後見人候補者名簿に載るための要件にすらなっています。
つまり後見業務は、税理士会が「これはうちの会員の業務だ」と認めて、研修と専用保険という制度をセットで整備した”公認の業務”なんですね。
司法書士の場合はどうか。司法書士の保険は、司法書士法第3条の業務に加えて、施行規則第31条の財産管理業務(成年後見人・管財人など)までカバーします。つまり後見業務は本体の保険の中。そのうえで、公益社団法人成年後見センター・リーガルサポートという団体が、養成研修、家庭裁判所への名簿提出、就任後の定期的な指導・監督までを担っています。保険は本体でカバーし、運用はリーガルサポートが支える。司法書士の後見は、”業務”として制度化されているんです。
ところが受託者への就任は、先ほどの日司連ガイドラインでも司法書士の業務として位置づけられていません。業務でない以上、業務の保険には乗らない可能性が高いわけです。
行政書士に至っては、職賠にあたる賠償責任補償制度のパンフレットで、補償対象業務がすべて「他人の依頼を受け”報酬を得て”行う」行政書士業務と定義されています。無報酬だと、資格業務ですら補償から外れる設計なんです。なお行政書士の後見業務は税理士と同じ構造で、コスモス成年後見サポートセンターの養成研修と専用の成年後見賠償責任保険がセットになっています。
整理すると、どの士業でも、後見は「団体+研修+保険」がセットで制度化された”公認の業務”。一方、民事信託の受託者業務には、このセットがどの士業団体にも存在しません。業界団体が業務として認知していないから、保険という制度も生まれていない。この差が、後見と受託者の決定的な違いです。
お気づきでしょうか。「信託業法を避けるために無報酬にする」という工夫が、保険の世界では完全に逆に働くんです。
しかも、無報酬だからといって受託者の責任が軽くなるわけではありません。善管注意義務、忠実義務、分別管理義務…信託法上の受託者の義務はフルに負います。信託は10年、20年と続きます。その間に一度でも管理を誤れば、賠償は全額自腹。
「タダ働きで、リスクだけ全部背負う」。これが無報酬受託者の正体です。
さらに実務の壁として、金融機関の問題もあります。受託者が親族でない場合、信託口口座の開設を断られるケースが非常に多いんですね。法律論をクリアしても、口座が作れなければ信託は動きません。
「じゃあ一般社団法人を受託者にすれば?」――行き着く先は”社員のなり手”問題
専門家個人がダメなら、次に必ず出てくるのがこの発想です。
「一般社団法人を作って、その法人を受託者にすればいいのでは?」
たしかに、一般社団法人が受託者になること自体は可能ですし、実務でも使われているスキームです。法人なら受託者の”死亡”がないので、長期の信託でも受託者が途切れない、というメリットもあります。
でも、ちょっと待ってください。
一般社団法人は、設立するときに社員が2名以上必要です。設立後に1名になっても法人は存続しますが、社員がゼロになった時点で解散事由に該当します(一般法人法第148条第4号)。理事も置き続けなければいけません。つまり、法人を維持するには、何十年にもわたって”人”が要るんです。
そもそも今回の出発点は「受託者のなり手がいない」でしたよね。なり手がいないから法人を作ったのに、その法人の社員や理事のなり手がいない。結局、同じ問題にぐるっと一周して戻ってくるわけです。当事者が少ない家族で作った一般社団法人は、10年後、20年後の社員の補充という問題を先送りしているだけ、ということになりかねません。
「じゃあ、専門家が社員や理事に入れば?」という発想も、結局は専門家の関与の継続性と実質的報酬の論点が再燃するだけです。
法人受託者は有効な選択肢ですが、それは“社員構成を維持できる家族”があってこそ。ここを見誤らないでください。
実務の落としどころ:「家族受託者+専門家は信託監督人・受益者代理人」
では、実務ではどこに着地させればいいのか?
僕の答えはシンプルです。受託者はあくまで家族。専門家は”信託監督人”または”受益者代理人”として関与する。これが王道であり、ほとんどのケースでベストの落としどころだと考えています。
このスキームの何がいいのか。
まず、信託監督人・受益者代理人の報酬は信託業法の規制対象外です。専門家が堂々と”有償で”就任できます。無報酬受託者のような後ろめたさも、実質的報酬の議論も一切不要です。
次に、受託者が家族なので、信託口口座の壁もクリアできます。
そして何より、お客様が本当に求めていたものを実現できます。お客様が「先生に受託者を」と言うとき、本当に欲しいのは受託者という”地位”ではなく、「専門家がずっと見守ってくれる安心感」です。それなら、監督人として受託者を継続的にチェックし、困ったときに相談に乗る立場のほうが、むしろ目的に合っているんですね。
日司連のガイドラインでも、司法書士の継続関与の方法として、信託監督人・受益者代理人への就任、受託者との顧問契約、帳簿作成など信託事務の一部受託が挙げられています。専門家の関与の”型”は、もう用意されているんです。
それでも受託者がいないなら――家族信託に固執しない
ここまで読んで、「でも、監督人スキームだって、受託者になる家族がいることが前提ですよね?」と思った先生もいるはずです。
その通りです。
頼れるご家族が本当にいない。あるいは、ご家族は一人息子さんだけで、その方に万一のことがあれば後が続かない。そういうケースは実際にあります。
そのときに、無理やり専門家受託者や家族だけの一般社団法人で家族信託を組成するのは、本末転倒です。
任意後見であれば、本人が元気なうちに信頼できる人(専門家を含む)と契約して、将来の財産管理を託せます。法定後見であれば、家庭裁判所の監督のもとで専門職後見人が就任する制度がすでに整っています。財産の規模や内容によっては、信託銀行・信託会社の商事信託という選択肢もあります。
家族信託は万能ではありません。「受託者を確保できるか」は家族信託の適否を判断する入口の問題であって、そこが崩れているなら、別の制度を提案する。お客様の相談に「家族信託で応える」のではなく、「最適な制度で応える」。それこそが専門家の仕事だと、僕は思っています。
気になる報酬相場――成年後見の専門職報酬が参考になる
「監督人で関与するとして、報酬はいくらに設定すればいいのか?」
これもよく聞かれる質問です。
参考になるのは、成年後見制度における専門職後見人・後見監督人の報酬水準です。家庭裁判所の運用では、後見監督人の報酬は管理財産額に応じて月額1〜3万円程度が目安とされています。
信託監督人・受益者代理人の報酬は契約で自由に決められますが、僕は、この成年後見の相場観をベースに、信託財産の規模と関与の頻度(毎月報告を受けるのか、年1回の帳簿チェックなのか)で調整するのが、お客様にも説明しやすいと考えています。
月1〜3万円でも、信託は10年、20年と続く長期の関与です。事務所経営の視点で見れば、組成時の一時報酬だけで終わらない”ストック型の収益”になります。受託者にならなくても、いや、ならないからこそ、健全な形で長期の関与と収益が両立できるわけです。
顧客への説明トーク――「先生にお願いしたいのに、なぜ断るんですか?」に答える
最後に、一番実践的な話をします。
理屈が分かっていても、目の前のお客様に「先生にお願いしたいんです」と言われたとき、どう断るか。ここで多くの先生が困ります。
僕なら、こんなふうにお伝えします。
「私が受託者になることは、法律上も実務上もできないんです。信託業法という法律の壁があるのと、万一のとき、私の職業賠償責任保険では受託者の仕事はカバーされないので、かえって〇〇さんの財産をお守りできません。その代わり、息子さんに受託者になっていただいて、私が”監督人”としてずっと横で見守ります。息子さんの管理を毎年チェックして、困ったことがあればいつでも私に相談できる体制にしましょう」
ポイントは3つあります。
1つ目は、「できない」の理由を法律と保険でセットで説明すること。「あなたの財産を守れないから」という言い方にすると、断りがお客様のための提案に変わります。
2つ目は、断ると同時に代替案を出すこと。「できません」で終わらせず、「その代わりこの形でずっと関わります」まで一息で伝える。
3つ目は、家族受託者の不安を打ち消すこと。お客様が専門家受託者を望む裏には「息子に任せて大丈夫か」という不安があります。監督人が付くことで、その不安ごと解消できることを伝えてあげてください。
もうひとつ、お子様が一人っ子で、受託者候補がその方しかいない――つまり、その方に万一のことがあったときの後継受託者まで立てられない、というケースもあります。そのときは、家族信託に無理に寄せず、こう伝えてあげてください。
「息子さんに万一のことがあったとき、信託を引き継ぐ人がいない設計は危険です。それなら任意後見という制度もあります。家庭裁判所が選任する任意後見監督人が必ず関与するので、何かあったときに制度そのものがご家族をサポートしてくれます」
家族信託だけが答えではない、と言えること。それ自体が、お客様からの信頼につながります。
こうすると、専門家受託者を断る場面が、そのまま監督人・受益者代理人としての受任提案の場面に変わります。断り方ひとつで、信頼も、長期の関与も手に入るんです。
まとめ
- 専門家が家族信託の受託者になるには“信託業法”の壁がある
- 「無報酬なら大丈夫」は実質的報酬・反復性の観点で危ない
- 無報酬受託者は職業賠償責任保険の対象外=責任は全部・保険はゼロ
- 一般社団法人受託者も”社員のなり手”という同じ問題に行き着く
- 実務の落としどころは家族受託者+専門家の信託監督人・受益者代理人
「専門家を無報酬の受託者にすればいいんじゃないの?」
この問いへの僕の答えは、「形式的には可能な場合があるが、やるべきではない」です。
無報酬にしても、実質的報酬の議論からは逃げられません。反復すれば信託業法の問題が正面から出てきます。そして何より、無報酬でも受託者の重い責任はフルに負うのに、職業賠償責任保険は守ってくれない可能性が高いのです。
問うべきは「受託者に”なれるか”」ではなく、「どう関与するのが、その家族のために一番いいか」です。
受託者は家族に任せ、専門家は監督人・受益者代理人として、有償で、堂々と、長く関わる。これが家族のためにも、専門家自身のためにもなる着地点だと、僕は考えています。
家族信託の実務は、契約書を作って終わりではありません。むしろ、そこからが本番です。先生方も、“受託者になってあげる専門家”ではなく、”家族を支え続ける専門家”を目指してみてくださいね(^^)/
今回お伝えした受託者設計のような実務判断は、契約書の条文や重要事項説明書への落とし込みまでできて、はじめて仕事になります。
僕が講師を務めるセミナーでは、実際の案件をベースに、その”落とし込み”の部分を具体的にお伝えしています。
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