家族信託(民事信託)の普及に伴い、ここ数年で組成件数は飛躍的に増加しました。多くの士業・専門家が、認知症対策や柔軟な財産承継のスキームとして、日常的に信託契約書の起案に携わっています。
しかし、信託契約を「無事に組成して終わり」と考えてしまっているケースが見受けられます。専門家が注意を払う対象は、信託契約当初の管理面だけではありません。信託終了時の「出口」時における税務コストの判定、「所有権移転登記における登録免許税および不動産取得税の軽減措置が適用できるかどうか」という点に、専門家としての大きな説明責任が潜んでいるのです。
「委託者の地位」を誰に承継させ、最終的に誰が不動産を受け取るのか。この設計と顧客への説明を誤ると、本来であれば登録免許税0.4%・不動産取得税ゼロ(非課税)で済むはずが、いずれも本則(課税)の適用となり、依頼者に数百万円単位の予期せぬ負担を強いることになりかねません。後になって「そんな税金がかかるなんて聞いていない!」とクレームになれば、説明義務違反として専門家の責任が問われる事態に発展しかねません。
今回の記事のポイントは下記のとおりです。
- 登録免許税および不動産取得税の軽減措置を適用させるには「委託者の地位」と「相続人」の関係性が鍵となる
- 信託契約書内における「委託者の地位」の承継に関する条項設計が、出口の税務を左右する
- 孫や子の配偶者など「相続人以外」を帰属権利者にする場合、登録免許税2.0%に加え不動産取得税も課税されるリスクを重説に必ず明記すべき
- 予備的帰属権利者の属性(誰がなるか)によっても税率が変動するため、万が一に備えた複数パターンのシミュレーションが不可欠
- 「委託者を父、受益者を父母」とするような贈与税回避目的の他益信託スキームも、軽減措置の要件から外れるリスクが高いため重説が必須
- 委託者のニーズ(誰に残すか)と税務コストのバランスを天秤にかけ、クライアントに選択していただくこと
今回の記事では、専門家が「知らなかった」では済まされない委託者の地位承継と軽減措置の関係、そして重説に必ず記載すべきリスク管理について解説します。
目次
1. 忘れがちな「委託者の地位」が税率を左右する理由
家族信託の組成実務において、スポットライトが当たりやすいのは「受託者(誰に任せるか)」と「受益者(誰が利益を得るか)」です。財産を拠出した「委託者」は、信託開始とともに抜け殻のような存在になると思われがちですが、信託法上、委託者には受託者の解任権や信託の変更・終了の合意権など、重要な権利が残されています。
そして何より、不動産登記実務、とりわけ信託終了による所有権移転登記(帰属)の場面においては、この「委託者(および委託者の地位を承継した者)」が重要性を持ってきます。
登録免許税法と地方税法(不動産取得税)の要件
信託が終了し、残余財産である不動産を帰属権利者(または残余財産受益者)へ引き渡す際、通常は所有権移転登記を行います。このとき、一定の要件を満たせば、税務上、以下の2つの大きな恩恵を受けることができます。
1.登録免許税の軽減(登録免許税法第7条第2項) 本則の「固定資産税評価額の2.0%(1000分の20)」から、「0.4%(1000分の4)」へと大幅に軽減されます。
2.不動産取得税の非課税(地方税法第73条の7第4号) 信託終了に伴う不動産の取得は、原則として不動産取得税(本則:土地・住宅3%、非住宅4%)が課税されますが、要件を満たせば「非課税(ゼロ)」となります。
これらの軽減措置を受けるための要件をシンプルに言うと、以下の2つの条件を同時に満たす必要があります。
1.信託効力発生時から引き続き、委託者のみが元本受益者であること(自益信託の継続)
2.信託終了に伴い財産を受け取る者が、その時点における委託者の法定相続人であること
ここでいう「委託者」には、当初の委託者だけでなく、信託契約の定めにより委託者の地位を承継した「承継委託者」も含まれます。つまり、最終的に不動産を受け取る人が、「その時点における委託者の法定相続人であるか?」という点が、法務局(登記官)および都道府県税事務所によって審査されるのです。
なぜこれが「地雷」となるのか?
遺言書によって財産を承継させる場合、「相続人に対する遺贈」であれば不動産取得税は非課税、登録免許税は0.4%です。「相続人以外(孫など)への遺贈」であれば、不動産取得税がかかり、登録免許税は2.0%となります。これは一般的に広く知られているルールです。
しかし家族信託の場合、「信託契約による権利の移転」という形式をとるため、一見すると「誰に渡しても信託の清算だから同じように安い税率でいけるのではないか」と錯覚してしまう実務家が後を絶ちません。信託契約の自由度が高すぎるがゆえに、税務要件の確認が疎かになり、出口(信託終了時)になって初めて「軽減税率が使えない!さらに不動産取得税まで何百万も来た!」と青ざめるケースが発生するのです。
2. 出口戦略を見据えた「委託者の地位」の契約条項
では、この「委託者の相続人」という軽減要件を満たすために、信託契約書そのものの起案において、「委託者の地位」をどのように記載すべきかを確認しておきましょう。
原則として、委託者の地位は「相続」の対象となります。もし信託契約書に委託者の地位に関する別段の定めを置かなかった場合、当初委託者が死亡すると、その地位は法定相続人全員に準共有される形で相続されます。
これが何を意味するかというと、信託の変更や合意解除を行う際、相続人全員の同意が必要になり、手続きがデッドロックに乗り上げる危険性があるということです。
さらに、第1章で解説した「登録免許税および不動産取得税の軽減措置」の要件である「委託者の相続人」であるかを判定する際にも、この委託者の地位が誰に移っているかが直接的な影響を及ぼします。
実務上は、信託の目的(一代限りか、受益者連続か)に合わせて、以下の2パターンのいずれかの条項を契約書に組み込み、出口での税務整合性と管理のしやすさを確保します。
パターン1:委託者の地位を帰属権利者と一致させる(一代限り信託の場合)
当初委託者が死亡したら信託を終了させ、特定の帰属権利者に財産を渡すスキームでは、委託者の地位を帰属権利者に承継させ、同時に権利を消滅させるのが一般的です。
<条項例:一代限り信託>
第〇条(委託者の地位及び権利)
本件信託に係る委託者の地位は、委託者の死亡により相続されることなく、本契約第〇条により指定される残余財産帰属権利者が取得し、委託者の権利についてはすべて消滅するものとする。
これにより、最終的に不動産を取得する「帰属権利者」=「委託者の地位を持つ者」となり、その者が当初委託者の相続人であれば、登記や税務の際の説明がシンプルになり、軽減措置等の適用要件をクリアしやすくなります。
パターン2:委託者の地位を受益権と連動させる(受益者連続型信託の場合)
親から子へ、子から孫へ、と受益権を連続させるスキームの場合、委託者の地位も受益権の移動に伴って移転させる構成をとります。
<条項例:受益者連続型信託>
第〇条(委託者の地位及び権利)
本件信託にかかる委託者の地位は、委託者の死亡により相続されることなく、新たに受益権を取得する者に移転し、委託者の権利についてはすべて消滅するものとする。
この条項により、第2受益者、第3受益者と変遷していく中で、常に「現在の受益者」=「委託者の地位を持つ者」となります。信託終了時には、最後の受益者(=委託者)から、帰属権利者(例えばその相続人)へ移転するという形を作りやすくなります。
3. 【事例解説】軽減措置が受けられない4つの「典型ケース」と計算式
前章のような条項設計を行ったとしても、依頼者のニーズによっては、軽減措置(登録免許税0.4%・不動産取得税非課税)が適用できず、本則適用となってしまうケースがあります。実務で非常によく遭遇する具体的な事例とシミュレーションを見ていきましょう。
ここでは、対象不動産(土地・住宅)の固定資産税評価額を「5,000万円」と仮定して計算します。不動産取得税は住宅・土地の特例税率である「3.0%」として計算します。
・相続人(軽減措置適用)の場合: 登録免許税(0.4%):20万円
不動産取得税(非課税):0円
合計コスト:20万円
・相続人以外(本則適用)の場合:
登録免許税(2.0%):100万円
不動産取得税(3.0%):150万円
合計コスト:250万円
その差額は「約230万円」です。これが仮に都内の1億円のアパートであれば、差額はさらに倍増します。この数百万円の差額が、専門家の確認および説明不足によるものだとしたら、目も当てられません。以下、委託者の地位承継条項があるものとして事例別にケースを解説します。
事例A:可愛い孫に財産を継がせたい場合(世代飛ばし)
近年非常に多いのが、「息子は既に家を持っているから、将来を見据えて直接孫に不動産を承継させたい」というニーズです。
【信託スキーム設計案(事例A)】
・委託者: 父郎さん
・受託者: 長男・一郎さん
・当初受益者: 父郎さん
・信託終了事由: 父郎さんの死亡
・帰属権利者: 孫・太郎さん(長男・一郎さんの子)
父郎さんが亡くなり信託が終了した際、不動産は孫の太郎さんに帰属します。この時、太郎さんは父郎さんから見て「直系卑属」ではありますが、長男・一郎さんが存命である限り、法律上の「相続人」には該当しません。
したがって、太郎さんへの所有権移転登記は本則の登録免許税2.0%(100万円)と不動産取得税(150万円)がフルに課税され、約250万円の負担となります。
事例B:予備的帰属権利者が「相続人以外」の場合(盲点!)
最も実務家が陥りやすいのがこのパターンです。当初の帰属権利者は相続人である「長男」に設定していても、万が一に備えた「予備的帰属権利者」の属性を見落とすケースです。
【信託スキーム設計案(事例B)】
・委託者: 父郎さん
・受託者: 長男・一郎さん
・当初受益者: 父郎さん
・信託終了事由: 父郎さんの死亡
・帰属権利者: 長男・一郎さん(※父郎さんの相続人)
・予備的帰属権利者: 長男の妻・花子さん
父郎さんが亡くなる前に、受託者兼第1帰属権利者である一郎さんが不慮の事故で亡くなってしまったとします(受託者死亡、受益者死亡の順)。 その後、父郎さんが亡くなり信託が終了すると、財産は第2順位の花子さん(長男の妻)に帰属します。この場合、長男の妻は、委託者父郎さんの相続人ではないため、軽減措置の適用が受けられません。どれだけ介護の貢献があっても本則課税となります。
事例C:「委託者を父、受益者を父母」とする他益信託スキーム
実務上、時折見かけるのがこのスキームです。父親単独名義の財産を信託する際、受益者を「父と母」の両方に設定するケースです。
【信託スキーム設計案(事例C)】
委託者: 父郎さん
受託者: 長男・一郎さん
当初受益者: 父郎さん、母子さん(扶養義務の範囲内の受益権設定)
第二受益者: 長男・一郎さん
信託終了事由: 父母の死亡
帰属権利者: 長男・一郎さん
このスキームは、父の扶養義務の範囲内で母に受益を設定することで、「母への贈与税課税を回避しつつ、夫婦両方の老後資金を安全に管理しよう」という意図で組成されることが多くあります。 しかし、法的に見れば、これは父郎さんから母子さんへの「他益信託」を含んでいます。
贈与税の回避という目的は果たせているかもしれませんが、出口における登録免許税および不動産取得税の軽減措置の観点からは非常に危険です。軽減要件である「信託終了時に不動産を受け取る者が『委託者の相続人』であること」を判定する際、委託者が父一人であるにもかかわらず、受益者が父母複数となっているこの構成は、要件の一つである「信託効力発生時から引き続き委託者のみが元本受益者であること(自益信託の継続)」を満たしていないため、これも軽減措置の適用外となる可能性が高いです。
もしどうしてもこのスキーム(受益者を父母にする)を採用する場合は、出口における税務リスクを完全に排除できないため、「信託終了時の登録免許税が本則(2.0%)となり、さらに不動産取得税も課税される可能性がある」旨を重説に必ず記載し、顧客の承諾を得ることが必須となります。
【一覧表:軽減措置適用の可否とリスク度】
| 帰属権利者の属性 | 登録免許税(0.4%) / 不動産取得税(非課税) | 実務上のリスク度と対応 |
| 配偶者・子(法定相続人) | 〇 適用される | 低:通常のスキームで問題なく承継可能。 |
| 代襲相続人(子が死亡時の孫) | 〇 適用される | 中:戸籍収集等で代襲相続人であることを証明できれば可。 |
| 兄弟姉妹 | △ 状況による | 高:第一順位(子)等がいない場合のみ相続人。子が存命なら非該当(本則課税)。 |
| 孫(子が存命の場合) | × 適用されない(本則課税) | 高:重説での明確な事前説明と合意が絶対条件。 |
| 子の配偶者(嫁・婿) | × 適用されない(本則課税) | 高:重説での明確な事前説明と合意が絶対条件。 |
| 委託者1名・受益者複数(父母等) | × 適用されない可能性あり(本則課税) | 高:贈与税回避目的の他益信託は登記要件で弾かれるリスク大。重説必須。 |
| 第三者(内縁の妻・法人) | × 適用されない(本則課税) | 高:重説での明確な事前説明と合意が絶対条件。 |
重要事項説明書(重説)への反映ポイント
「税金のことは税理士に聞いてください」
「登記の際の税率や不動産取得税までは、信託組成時の見積もりには含めていません」
こうした言い訳は、家族信託・生前対策コンサルティングにおいては通用しません。顧客は「いくらで自分の想いを実現できるか」のトータルコストを専門家に求めています。信託終了時に想定外の税金が発生した場合、「専門家としての善管注意義務違反」「説明義務違反」を問われるリスクは十分にあります。
このリスクを回避する唯一にして最強の手段が、「重要事項説明書(重説)への明記」と「書面による同意」です。
なぜ口頭説明ではダメなのか?
打ち合わせの席で「お孫さんに渡すと、不動産の名義を変える時の税金が少し高くなりますよ」と口頭で伝えただけでは、「言った・言わない」の水掛け論になります。数年後、数十年後の信託終了時に、当時の記憶を頼りに自己防衛することは不可能です。だからこそ、契約書とは別に「重要事項説明書」を作成し、リスクとコストを可視化して署名・捺印をいただく必要があります。
重説への具体的な記載例
帰属権利者を「相続人以外(例:孫)」に設定する場合、重説には必ず以下のようなニュアンスの項目を独立して設けてください。
【第〇項:信託終了時の登録免許税・不動産取得税に関する重要事項】
本信託契約第〇条に基づき、残余財産の帰属権利者を「〇〇(孫・太郎様)」と指定しております。
これに関連し、信託終了に伴い信託財産である不動産の所有権移転登記等を行う際、帰属権利者である太郎様は、現行法上、委託者(父郎様)の法定相続人には該当いたしません。
したがって、登録免許税法の軽減措置(固定資産税評価額の0.4%)は適用されず、本則税率(同2.0%)が適用されることになります。また、地方税法における不動産取得税についても非課税とならず、新たに課税対象(同3〜4%程度)となります。
委託者および受託者は、上記の通り税負担が通常(相続人への帰属)よりも増加する事実、および概算額を確認し、十分に理解・承諾した上で、本スキーム(孫への帰属)を選択するものとします。
【※予備的帰属権利者を設定する場合の追加記載例】
※なお、本信託契約第〇条において、予備的帰属権利者として「〇〇(長男の妻・花子様)」を指定しております。万が一、当初の帰属権利者より先に信託財産を取得する事態となった場合、当該予備的帰属権利者は委託者の法定相続人に該当しないため、上記と同様に本則税率および不動産取得税が適用されることを確認するものとします。
専門家の役割は、「税金が高くなるから孫に渡すのはやめましょう」と否定することではありません。「孫に確実に財産を残すというあなたの強い想い(ニーズ)を実現するためには、出口でこれだけの税務コストがかかります。それでもこのスキームで進めますか?」と天秤にかけ、依頼者に自己決定していただくことです。
依頼者が「税金が高くなっても構わない、可愛い孫に渡したい」と決断し、それに署名した書面があれば、顧客のリスク認識と専門家の責任はクリアになり、後顧の憂いなく業務を遂行できます。
5.まとめ
- 登録免許税および不動産取得税の軽減措置を適用させるには「委託者の地位」と「相続人」の関係性が鍵となる
- 信託契約書内における「委託者の地位」の承継に関する条項設計が、出口の税務を左右する
- 孫や子の配偶者など「相続人以外」を帰属権利者にする場合、登録免許税2.0%に加え不動産取得税も課税されるリスクを重説に必ず明記すべき
- 予備的帰属権利者の属性(誰がなるか)によっても税率が変動するため、万が一に備えた複数パターンのシミュレーションが不可欠
- 「委託者を父、受益者を父母」とするような贈与税回避目的の他益信託スキームも、軽減措置の要件から外れるリスクが高いため重説が必須
- 委託者のニーズ(誰に残すか)と税務コストのバランスを天秤にかけ、クライアントに選択していただくこと
「委託者の地位」の取り扱いや、出口における帰属権利者の設定は、単なる法的な契約上の地位の承継にとどまらず、登記実務における直接的なコスト(登録免許税額および不動産取得税)に直結する、重要な実務テーマです。
依頼者の「大切な家族のこの人に財産を残したい」という想いを法的に叶えるのが我々専門家の仕事ですが、同時にそれに伴う「コストとリスク」を正確に算定し、事前に説明して納得を得ているかどうかが、プロのコンサルタントとしてのポイントとなります。
「重要事項説明書」は、クライアントに不利な情報を突きつけるものではなく、「プロとしてすべてのカードを開示し、共に最適な道を選ぶための羅針盤」なのです。
「自分の作っている信託契約書は、本当に出口(信託終了時)で税務トラブルを起こさないだろうか?」
「重要事項説明書には、具体的に何をどこまで書けば自分の身を守れるのだろうか?」
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