家族信託では「相続空き家特例」が使えない!?専門家がとるべき対策を解説

「父の認知症が心配だから、実家を家族信託して、将来空き家になったら売れるようにしておこう」 このように考えているご家族は非常に多いです。実家が空き家になり、管理が難しくなる前に、受託者であるお子様がスムーズに売却できる環境を整えておく。これは「認知症対策」としては正解です。しかし、そこには税務上の落とし穴があることをご存知でしょうか。

2022年12月の国税庁による文書回答により、「家族信託が終了して取得した不動産には、相続後の空き家3000万円特別控除(空き家特例)が適用できない」ことが明確になりました。

もし、この特例が使える前提で信託を組んでいた場合、本来払わなくてよかったはずの譲渡所得税が数百万円単位で発生します。この「想定外の増税」は、受託者であるお子様の負担になるだけでなく、家族信託を提案した専門家がその説明責任を問われ、損害賠償問題に発展するリスクも孕んでいます。

今回の記事では、この特例のルールを深掘りし、それを踏まえた「重要事項説明」のポイント、そして最悪の事態を避けるための代替策について詳しく解説します。

今回の記事のポイントは下記のとおりです。

  • 相続空き家特例: 相続した「旧耐震基準の戸建て」を売却する際、譲渡益(儲け)から最大3,000万円を控除できる。最大約600万円の減税効果がある強力な制度。
  • 国税庁回答: 家族信託の終了に伴う「残余財産の帰属」は、税法上の「相続または遺贈」には該当しない。そのため、信託した実家の売却にはこの特例が一切使えない。
  • 信託のメリットとデメリット: 認知症対策(資産凍結回避)には極めて有効だが、税務メリットにおいては遺言や任意後見の方が有利になる逆転現象が起こる。
  • 重要事項説明: 専門家は、信託契約時に「特例が使えないリスク」を明文化して説明しなければならない。これを怠ると「善管注意義務違反」を問われる恐れがある。
  • 出口戦略の再構築: 「生前売却」による本人枠の3,000万円控除の活用や、あえて信託から外す「遺言併用型」など、スキーム設計の段階で緻密な検討が必須。

1. 「相続空き家の3000万円特別控除(空き家特例)」とは?

この特例は、日本全国で深刻化する「放置空き家問題」を解決するために創設されました。「親から相続した古い実家を、耐震リフォームして売るか、取り壊して更地にして売るなら、税金を大幅にまけてあげよう」という国の強力なバックアップ策です。

制度の概要と絶大な節税効果

被相続人(亡くなった親など)が一人で住んでいた「一軒家」を相続した人が、その家を売却した際に発生する譲渡益から、最大3,000万円を差し引くことができます。

譲渡所得税率は、所有期間が5年を超える「長期譲渡所得」の場合、所得税・住民税・復興特別所得税を合わせて約20.315%です。

つまり、最大で約600万円(3,000万円 × 約20%)もの現金が手元に残るか、税金として消えるかの瀬戸際となる制度なのです。

適用するための主なハードル(要件)

この特例を受けるには、非常に細かい要件をクリアする必要があります。

1.昭和56年5月31日以前に建築された戸建て であること(旧耐震基準)。※新耐震基準の建物は対象外。
2.区分所有建物(マンション)ではない こと。※マンションはこの特例を一切使えません。
3.相続開始の直前において、被相続人が一人暮らし だったこと。
※ただし、2019年以降の改正により、老人ホーム入所等の場合も一定の条件(入所前に一人暮らしであり、その後も貸付け等をしていないこと)を満たせば認められるようになりました。
4.相続開始日から3年目の12月31日までに売却 すること。
5.売却価格が1億円以下 であること。
6.耐震改修をして引き渡すか、更地にして引き渡す こと。

この要件をすべて満たして、得られるはずの「節税」という恩恵が、良かれと思って始めた「家族信託」によって無効化されてしまうのです。

2. 【事例】信託したために300万円損をした!?Aさん親子の悲劇

具体的なシミュレーションで、その影響度を見てみましょう。

登場人物

  • 父(委託者・受益者): 85歳。昭和50年築の戸建てに一人暮らし。
  • 長男(受託者): 父の将来を案じ、実家の管理を任されている。

ストーリーの背景

長男のAさんは、父の認知症が進んで実家の売却手続きができなくなる(資産凍結)のを防ぐため、専門家と相談して家族信託を開始しました。信託契約書には「父が亡くなったら信託は終了し、実家は長男のAさんに帰属させる」と明記。これは実務上、極めて一般的な設計です。

数年後、父が逝去。Aさんは信託契約に基づき、実家の名義を自分に移しました。その後、更地にして2,000万円で売却。この実家は父が昔に約400万円(取得費)で購入したものだったため、諸経費を引いても約1,500万円の譲渡益が出ました。

Aさんは当然「相続空き家特例」で税金はゼロになると思っていましたが、税理士から下記の説明を受けました。

「Aさん、この物件は『相続』ではなく『信託の終了』によって取得したものです。特例の要件を満たさないため、約300万円の譲渡所得税を納付してください」

もし、Aさんが信託をせず、遺言によってこの家を「相続」していれば、税金は0円でした。認知症対策のために選んだ家族信託が、結果として「300万円の罰金」を課せられたかのような事態を招いてしまったのです。

3. なぜ家族信託では特例が使えないのか?

2022年12月20日の東京国税局による文書回答は、信託実務に携わる専門家の間に激震を走らせました。なぜ、ここまで厳しい判断が下されたのでしょうか。

「相続・遺贈」 と 「残余財産の帰属」 の決定的な違い

空き家特例の根拠となる法律(租税特別措置法第35条第3項)には、適用対象者が 「相続または遺贈により取得した者」 と限定して書かれています。

一方で、家族信託の終了によって財産を引き継ぐことは、法律上 「信託契約という『契約』に基づいて財産を取得すること(残余財産の帰属)」 です。

国税庁のロジックは、「契約で財産をもらうのは『相続』ではない」という極めて文言に忠実なものでした。

取得方法 法律上の性質 空き家特例の適用
遺言による取得 遺贈(または相続) 適用あり
遺産分割による取得 相続 適用あり
家族信託の終了による取得 残余財産の帰属 適用なし

実務家が陥りやすい「みなし相続」の罠

「相続税がかかるんだから、税務上は相続と同じはずだ」という直感は、相続税法の世界では正しいです。相続税法では、家族信託終了後の残余財産の帰属を「遺贈したものとみなして」課税します。 しかし、今回の空き家特例は 「租税特別措置法」 の範疇です。 国税庁は、「相続税の計算で相続とみなすからといって、租税特別措置法では相続とみなすという規定はない。信託という特別な形を選んだ以上、一般的な相続とは区別する」という、いわば「縦割り」とも取れる解釈を適用したのです。

4. 「重要事項説明」として何を伝えるべきか

私は、「家族信託はメリットばかりのツールではない。デメリットを説明して初めて、プロのコンサルティングである」 と考えています。特にこの相続空き家特例の問題は、説明を怠れば「善管注意義務違反」による損害賠償請求の対象となり得ます。

重要事項説明書に盛り込むべきエッセンス

信託契約を締結する際、単に「認知症対策になります」と言うだけでなく、以下の内容を口頭で説明し、かつ書面に残しておくことが必須です。

1.税務特例の適用不可リスクの明文化
「本信託財産である建物が昭和56年以前の戸建てである場合、信託を組むことで、将来の売却時に『空き家3000万円特別控除』が受けられなくなる」ことをはっきりと記載します。
2.優先順位の最終確認
「数百万の増税リスクを受け入れてでも、認知症による資産凍結を確実に防ぐ(信託)」のか、それとも「節税を優先し、凍結リスクは遺言や任意後見でカバーする」のか。この「選択の記録」が専門家を守る盾となります。

5. 失敗しないための「出口戦略」と代替案

では、旧耐震の戸建てをお持ちのご家族に対し、私たちはどのような提案をすべきでしょうか。戦略は大きく分けて4つあります。

戦略①:譲渡益(含み益)の有無をまず確認

そもそも、親がその家を「いくらで買ったか」を確認してください。

確認書類: 当時の売買契約書、領収書。
計算式: 譲渡所得 = 売却価格 - (取得費 + 譲渡費用)
もし、取得費が高く、売却しても利益が出ない(またはマイナスになる)ことが判明すれば、特例を気にする必要はありません。安心して信託を組むことができます。

戦略②:「生前売却」による節税(居住用財産3000万円控除)

家族信託の強みを最大限に活かす方法です。

父が健在のうちに、受託者が実家を売却します。父(受益者)がまだそこに住んでいる、あるいは施設に入ってから3年以内であれば、「居住用財産の3000万円控除(本人枠)」 が使えます。

この特例は家族信託をしていても適用可能であり、本人が亡くなった後の「空き家特例」よりも要件が緩く、使い勝手が良いのが特徴です。

戦略③:信託財産から実家を外す(遺言の併用)

「実家は絶対に相続後に売りたい、かつ節税したい」という場合は、実家だけは信託に入れず、遺言で長男に相続させます。

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メリット: 相続後の空き家特例が確実に使える。
リスク: 売却前に父の認知症が進行すると、家庭裁判所が関与する任意後見制度などを使わない限り、家が売れなくなる「資産凍結」のリスクを抱え続けることになる。

戦略④:同居による対策

将来的にその実家を相続するお子様が、父と一緒に住み、住民票も移している場合、相続後にその子が「居住用財産の3000万円控除」を受けられる可能性があります。ただし、これには同居の実態など厳しいチェックが入ります。

まとめ

  • 相続空き家特例: 相続した「旧耐震基準の戸建て」を売却する際、譲渡益(儲け)から最大3,000万円を控除できる。最大約600万円の減税効果がある強力な制度。
  • 国税庁回答: 家族信託の終了に伴う「残余財産の帰属」は、税法上の「相続または遺贈」には該当しない。そのため、信託した実家の売却にはこの特例が一切使えない。
  • 信託のメリットとデメリット: 認知症対策(資産凍結回避)には極めて有効だが、税務メリットにおいては遺言や任意後見の方が有利になる逆転現象が起こる。
  • 重要事項説明: 専門家は、信託契約時に「特例が使えないリスク」を明文化して説明しなければならない。これを怠ると「善管注意義務違反」を問われる恐れがある。
  • 出口戦略の再構築: 「生前売却」による本人枠の3,000万円控除の活用や、あえて信託から外す「遺言併用型」など、スキーム設計の段階で緻密な検討が必須。

家族信託は、認知症という「もしも」の事態に備える、財産管理ツールです。 しかし、今回解説したように、法務と税務は密接に関わり合っており、一方の知識だけでは「良かれと思った対策」が最悪の結果を招くことになりかねません。

「その不動産をいつ、誰が、どのような形で売るのが最もご家族に利益をもたらすのか?」

これらを一つひとつ丁寧にシミュレーションし、リスクを可視化して説明する。それこそが、私たちが目指すべき専門家の姿です。

もし、この記事をお読みの方が、「自分の家のケースはどうなるのか?」「専門家として、このリスクをどうクライアントに伝えるべきか?」と悩まれているのであれば、ぜひ一度、下記の無料セミナーにご参加ください。

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