【信託融資と債務控除】相続税法第9条の2から読み解く信託融資の実務と顧客説明

収益物件の建築や大規模修繕に伴い、家族信託を活用して融資を活用する事案相談があります。先生方も、こうした案件のスキーム設計に携わる機会や、お客様からご相談を受けることが非常に多くなっているのではないでしょうか。

しかし、信託契約書の起案において、何気なく「信託終了事由:委託者(当初受益者)の死亡」と設定(死亡終了型)していませんか?

実は、借入金がある信託においてこの「死亡終了型」を採用すると、相続発生時に「融資の債務控除が認められない」という税務リスクを引き起こす可能性があります。これは、「相続税法第9条の2」の条文構造から導き出される、論点です。

もし、この規定を知らずに死亡終了型で信託を組成し、いざ相続が発生した際に何千万円という債務控除が利用できない場合、どうなるでしょうか。顧客の相続税負担が想定外に跳ね上がり、最悪の場合、スキームを組んだ専門家としての善管注意義務違反を問われ、損害賠償請求に発展しかねない恐ろしい落とし穴となるのです。

今回の記事のポイントは下記のとおりです。

  • 信託内借入において「死亡終了型」を採用すると、相続税の債務控除が否認される致命的なリスクがある
  • その根拠は、相続税法第9条の2第6項が負債の承継(債務控除)を認めているのは「第1項〜第3項」のみであり、死亡終了を定めた「第4項」が明確に除外されているためである
  • 解決策として、当初受益者死亡後は信託を終了させず「第二受益者」へ権利を移行させ(第2項適用)、負債を承継させ、信託を終了させるスキームが必須となる
  • これらの税務リスクと出口戦略は、組成時に「重要事項説明書」として顧客へ明示し、同意を得ることが専門家の身を守る最大の盾となる

今回の記事では、相続税法が突きつける死亡終了型のリスクの根拠と、税務上の安全策である「受益者連続型」を用いた正しいスキーム設計について解説します。

1. 家族信託融資で注意すべき「死亡終了型」の落とし穴

家族信託(民事信託)の組成にあたり、最もポピュラーな目的は「親の認知症による資産凍結の防止」です。そのため、多くの専門家が「親が亡くなったら信託の目的は達成されたのだから、そこで信託を終了させよう」と考えます。これが「死亡終了型」と呼ばれるスキームです。

無借金の実家や預貯金のみを信託するのであれば、この死亡終了型でも特段大きな問題は生じません。しかし、アパート建築などのために受託者が金融機関から融資を受ける「信託内借入」が絡むと、事態は一変します。

1-1. なぜ「本人の死亡=信託終了」にしてはいけないのか?

信託契約において、終了事由を「委託者(当初受益者)の死亡」と定めた場合、親が亡くなった瞬間に信託契約は法的に終了します。信託が終了すると、受託者は「清算受託者」となり、残った財産(残余財産)を帰属権利者に引き渡すための清算手続きに入ります。

顧客の感覚としては、「親が死んだのだから、アパートも借金も、相続人である自分がそのまま引き継ぐだけだろう」と思うかもしれません。しかし、信託法および税法上の取扱いはそんなに単純ではありません。

信託が終了した段階で、信託財産であるアパートや借入金は、まだ「信託という箱の中」にあります。帰属権利者がこの時点で持っているのは、アパートの所有権そのものではなく、「清算手続きが終わった後に、残った財産(残余財産)を引き渡してくれと請求する権利(残余財産給付請求権)」に過ぎないのです。

これに加えて、信託法では清算手続きにおいて、債務を弁済した後でなければ残余財産を給付(引き渡し)してはならないと定められています。

(債務の弁済前における残余財産の給付の制限)
第百八十一条 清算受託者は、第百七十七条第二号及び第三号の債務を弁済した後でなければ、信託財産に属する財産を次条第二項に規定する残余財産受益者等に給付することができない。ただし、当該債務についてその弁済をするために必要と認められる財産を留保した場合は、この限りでない。

つまり、信託内借入がある場合、まずはその借入金債務を完済、または債権者の同意を得て免責的債務引受等による処理をして、アパートを帰属権利者に引き渡すことを法律上求めているのです。

1-2. 信託内借入における「債務」は誰のものか?

信託内借入とは、受託者が「信託の目的に従い、信託財産のために」借り入れた債務(信託財産責任負担債務)です。つまり、形式的な借主は受託者ですが、実質的には「信託財産」そのものに紐づいた借金と言えます。

相続税の計算において、亡くなった人(被相続人)の借金は、プラスの財産から差し引くことができます(債務控除)。しかし、債務控除が認められるためには、「被相続人の確実な債務を、相続人が引き継いだ」という事実が法的に認められなければなりません。

死亡終了型の場合、先述の通り、帰属権利者が取得するのは「残余財産給付請求権」です。清算プロセスを通じて最終的に財産を受け取る権利があるとはいえ、相続発生という「瞬間」を切り取ったときに、「信託内の借入金が、直接的に相続人の債務として承継された」と税務上ストレートに評価されるかというと、疑義が生じます。

これが、死亡終了型による債務控除否認リスクの入り口です。しかし、さらに根拠が、税法そのものに明記されています。

2. 相続税法第9条の2の構造から導かれる信託スキーム設計

ここが最大のポイントであり、専門家が絶対に理解しておかなければならない条文の構造です。なぜ「死亡終了型」だと借入金が遺産総額からマイナス(債務控除)できないのでしょうか。その答えは、相続税法第9条の2に隠されています。

2-1. 相続税法第9条の2第2項(受益者連続)と第4項(信託終了)の違い

まず、相続税法第9条の2は、信託に関する権利を誰かが取得したと「みなす」場合について定めています。信託融資において重要なのは、以下の2つの項です。

第2項(受益者連続を定めた規定):
当初受益者が死亡し、信託が「継続」したまま、次の人が受益権を引き継ぐ場合についての規定です。(いわゆる受益者連続型信託)
(相続税法第9条の2第2項)
受益者等の存する信託について、適正な対価を負担せずに新たに当該信託の受益者等が存するに至つた場合(第四項の規定の適用がある場合を除く。)には、当該受益者等が存するに至つた時において、当該信託の受益者等となる者は、当該信託に関する権利を当該信託の受益者等であつた者から贈与(当該受益者等であつた者の死亡に基因して受益者等が存するに至つた場合には、遺贈)により取得したものとみなす。

第4項(信託終了を定めた規定):
当初受益者の死亡などにより信託が「終了」し、残余財産受益者などが権利を取得する場合についての規定です。(いわゆる死亡終了型信託)
(相続税法第9条の2第4項)
受益者等の存する信託が終了した場合において、適正な対価を負担せずに当該信託の残余財産の給付を受けるべき、又は帰属すべき者となる者があるときは、当該給付を受けるべき、又は帰属すべき者となつた時において、当該信託の残余財産の給付を受けるべき、又は帰属すべき者となつた者は、当該信託の残余財産(当該信託の終了の直前においてその者が当該信託の受益者等であつた場合には、当該受益者等として有していた当該信託に関する権利に相当するものを除く。)を当該信託の受益者等から贈与(当該受益者等の死亡に基因して当該信託が終了した場合には、遺贈)により取得したものとみなす。

ここまでは、単に「信託が続く場合」と「信託が終わる場合」で条文が分かれているだけのように見えます。しかし、問題は「債務(負債)の承継」について定めた第6項にあります。

2-2. 第6項に要注意:「第4項」の適用者は負債を承継しない

債務控除を受けるためには、税務上「負債を承継した」と明確にみなされる必要があります。その根拠となるのが、同法第9条の2の「第6項」です。条文には次のように書かれています。

(相続税法第9条の2第6項・抜粋)
第一項から第三項までの規定により贈与又は遺贈により取得したものとみなされる信託に関する権利又は利益を取得した者は、当該信託の信託財産に属する資産及び負債を取得し、又は承継したものとみなして、この法律(中略)の規定を適用する。」

ここに落とし穴が隠れています。

税法は、負債を承継したものとみなされるのは「第1項から第3項まで」の規定により権利を取得した者だけであると限定しているのです。 つまり、受益者連続(第2項)で信託を継続させた場合は「負債を承継した」とみなしてくれますが、死亡で信託を終了(第4項)させてしまうと、第6項の「負債を承継したものとみなす」という規定から意図的に除外されていることになります。

なぜ第4項が除外されているのか。それは、第1章で解説した通り、信託が終了した段階では清算手続きが未了であり、権利者が取得するのはあくまで「残余財産給付請求権」という単一の権利に過ぎず、負債は信託清算手続きにおいて弁済済みであり、「資産と負債をそれぞれ個別に承継した」という状態にはないからだと解釈されています。

結論として、死亡終了型(第4項の適用)で信託を組成してしまうと、第6項の適用がないため、税務上、信託内の借入金は相続債務として控除できない(債務控除ができない)という結果につながりかねないリスクを招きます。これが、死亡終了型がNGである法的な理由です。

3. 税務否認を回避する「受益者連続型」のスキーム設計

この致命的な税務リスクを回避するためには、信託の終了事由を「死亡」とせず、相続発生後も信託を継続させ、相続税法第9条の2の「第2項(受益者連続)」を適用させるスキームを設計する必要があります。

そして、無事に債務控除を受けた後で、関係者の合意によって信託を終了させる「合意終了型」が、実務上の最適解となります。具体的な事例で見ていきましょう。

【事例:父郎さん一家の収益アパート建築計画】
委託者兼当初受益者: 父郎さん(75歳・地主。自身の土地にアパートを建てて相続税対策をしたい)
受託者予定者: 一郎さん(50歳・長男。将来の賃貸経営を担う)
借入計画: 受託者一郎さんの名義で、金融機関から建築資金1億円の融資(信託内借入)を受ける。

正しい信託スキーム設計案(合意終了型)
委託者: 父郎さん
受託者: 一郎さん(借入・建築・管理の権限を持つ)
当初受益者: 父郎さん
第二受益者:一郎さん(★ここが重要。父郎さんの死亡で終了させず、第2項を適用させる)
信託財産: 土地、現金、建築後のアパート、および借入金債務
信託終了事由受託者と受益者の合意による終了(父郎さんの死亡では終了させない)
帰属権利者: 終了時の受益者(一郎さん)

3-1. 当初受益者死亡時は「第二受益者」として承継させる

父郎さんが死亡した際、信託は終了しません。一郎さんが「第二受益者」として受益権(アパートからの収益を受け取る権利など)を取得し、信託はそのまま継続します。

この状態を作ることにより、相続税法第9条の2「第2項」が適用されます。 第2項が適用されれば、自動的に「第6項」の適用を受けることができます。つまり、一郎さんは法的に「信託財産に属する資産(アパート)および負債(1億円の借入金)を承継した」とみなされ、無事に債務控除を適用して相続税申告を行うことが可能になります。

3-2. 第二受益者が受益権を取得した後に信託を終了させる

では、信託はいつ終わらせるのでしょうか。最も重要なポイントは、「第二受益者が受益権を取得した後」に信託を終了させるという順序です。

具体的には、一郎さんが第二受益者として受益権(資産と負債)を取得し、受託者及び受益者合意終了、死亡日から一定の期日の到来などの信託終了事由を発生させます。その後、信託清算手続きで金融機関との間で一郎さん個人への免責的債務引受(信託内借入から一郎さん個人の借入への切り替え)の調整を行い、準備が整った段階で、信託財産であったアパートの完全な所有権と、それに伴う残債務を帰属権利者一郎さんが個人として引き継ぎます。金融機関との免責的引受契約、抵当権の債務者変更登記などをこのタイミングで行います。

このように、「死亡で一旦立ち止まり、第二受益者として受益権を取得させる(信託継続)」→「信託終了事由発生」→「信託清算手続き」という3段階のプロセスを踏むことが、信託融資における防衛策の要なのです。

4. 顧客への説明責任を果たす「重要事項説明」の論点

さて、ここまで「合意終了型」のスキーム設計の重要性をお伝えしましたが、実務において最もハードルが高いのは、この複雑な仕組みを「いかに顧客に理解・納得してもらうか」です。

高度な税務判断を伴うスキームを税理士と連携して組む際、私が書籍でも強く提唱しているのが、顧客(委託者・受託者)への「重要事項説明」の徹底です。これを怠ると、相続発生後に思わぬトラブルやクレームに発展します。

4-1.顧客への説明:なぜ「すぐ終わらせない」のか

顧客の心理としては、「親が死んだら、複雑な信託なんてすぐに終わらせて、自分の名義にスッキリ変更したい」と思うのが通常です。そのため、契約書に「終了事由:合意」と書いてあるのを見ると、「親が死んでも信託が続くなんて聞いていない!なぜすぐ終わらせてくれないのか!」と不満を持たれることがあります。

ここで専門家は、怯むことなく、以下の事実を明確に伝えなければなりません。

「相続税法第9条の2第6項の規定により、お父様の死亡で直ちに信託を終了させてしまうと、1億円の借入金が相続税の計算から差し引けなくなり(債務控除の否認)、多額の相続税を支払うことになってしまうリスクがあります。」 「お客様の財産を守るため、だからこそ、あえて信託を継続させ、第二受益者に受益権を取得させた後に、終了させるという手続きをとるのです。

この理由を、口頭だけでなく「重要事項説明書」として書面に残し、署名捺印をいただき、(納得と同意)を得ておくことが極めて重要です。

4-2. 税理士との連携と税務解釈変更リスクに関する免責事項

信託の税務は、国税庁の通達や見解によって解釈が揺れ動くことがあります。司法書士や行政書士は税務の専門家ではないため、「絶対に債務控除が認められます」と断言することはできません。

特に、将来の税制改正や税務当局の解釈変更によって、現時点では問題ないと考えられているスキームであっても、将来的に想定外の課税がなされる(債務控除が否認される等)リスクは常に存在します。

そのため、重要事項説明書には以下の点を明記し、必ず顧客から了承を得ておく必要があります。

・本スキームは現行の相続税法第9条の2の解釈に基づき、債務控除リスクを低減するための設計であること
・実際の相続税申告にあたっては、必ず信託税務に精通した税理士に依頼する必要があること
将来的な税制改正や税務当局の解釈変更により、現在想定している税務上の取り扱い(債務控除等)が否認され、想定外の課税がなされるリスクがあり得ること

これらを明記し、専門家としての責任の範囲を明確にしておくことは、顧客を守りつつ、ご自身の身を守るための極めて重要なステップです。

5.まとめ

  • 信託内借入において「死亡終了型」を採用すると、相続税の債務控除が否認される致命的なリスクがある
  • その根拠は、相続税法第9条の2第6項が負債の承継(債務控除)を認めているのは「第1項〜第3項」のみであり、死亡終了を定めた「第4項」が明確に除外されているためである
  • 解決策として、当初受益者死亡後は信託を終了させず「第二受益者」へ権利を移行させ(第2項適用)、負債を承継させ、信託を終了させるスキームが必須となる
  • これらの税務リスクと出口戦略は、組成時に「重要事項説明書」として顧客へ明示し、同意を得ることが専門家の身を守る最大の盾となる

家族信託を利用してアパート建築や融資を行う場合、単なる「親の認知症対策・財産管理」という枠を超え、相続税法の理解に基づいた「出口戦略」が不可欠です。

特に、相続税法第9条の2第6項の構造(第4項の除外)を理解せず、安易に「死亡終了型」で信託内借入スキームを組成してしまうと、取り返しのつかない税務トラブルを引き起こします。「受益者連続」で債務控除を確定させ、その後に「合意終了」させるという実務のセオリーを、決して忘れないでください。

そして、この複雑なプロセスと潜むリスクを、組成段階で「重要事項説明書」に落とし込み、顧客と共有することが、プロとしての真の責任であり、最大の自己防衛策となります。後から「聞いていなかった」と言われないためにも、書面での説明を徹底しましょう。

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