これまで「自筆」か「公正証書」かの二択が中心だった遺言実務に、ついに「デジタル技術を活用した新たな方式」が加わります。この改正は、単なる手続きのデジタル化にとどまらず、我々実務家のコンサルティングの方法の一つを変える可能性を秘めています。特に家族信託や遺言作成に関わる専門家にとっては、実務運用が大きく変わる重要な問題です。
今回の記事では、法制審議会の最新資料を紐解きながら、デジタル遺言の仕組みと、士業が今から備えておくべきリスク管理について徹底解説します。
今回の記事のポイントは下記のとおりです。
- パソコン作成・電子署名が可能になるデジタル遺言(保管証書遺言)が新設されるが、遺言者による「全文の口述(読み上げ)」が必須要件となる。
- 「マイナンバーなど顔写真付き身分証・電子署名・口述」で本人確認を担保するが、口述ができない場合は手続きが進められないリスクがある。
- ウェブ会議での作成が認められるが、周囲の干渉排除のため専門家が横でサポートすることは難しく、遺言者単独による面談手続きが求められる。
- 本人の安心感と遺言作成の確実性を優先するのであれば、専門家が証人として「伴走」でき、読み聞かせによる承認が可能な公正証書遺言を選ぶべき。
目次
1. 「デジタル遺言(保管証書遺言)」とは?
今回の法改正で最も注目されているのが、民法第967条の改正によって新設される「保管証書遺言」です。これは、現行の自筆証書遺言と公正証書遺言の「いいとこ取り」を狙った制度と言えますが、デジタル特有の偽造リスクに対応するため、本人確認には極めて厳格なプロセスが導入されます。
1-1. パソコン作成・電子署名による遺言が可能に
これまでの自筆証書遺言は、財産目録を除き「全文自筆」が絶対条件でした。しかし、新たな「保管証書遺言」では、電磁的記録(デジタルデータ)によって作成された証書が認められます。
ここでポイントとなるのが、遺言者はそのデータに「電子署名」(電子署名法第2条第1項に規定するもの)を行う必要がある点です。実務的には、マイナンバーカードを用いた公的個人認証サービス等の利用が想定されています。これにより、データの作成名義人が本人であることを技術的に担保します。
1-2. 顔写真付き身分証による本人確認
効力発生要件として、作成された証書を法務局(遺言書保管所)に提出し、保管される必要があります。この申請時の本人確認について、 遺言者が法務局へ出頭し、遺言書保管官による本人確認を受けます。具体的には、「マイナンバーカード等の顔写真付きの本人確認資料」の提示を求め、保管官による対面での視認確認が行われます。
1-3. 全文の口述による確認
ここが実務家として最も注目すべき点です。保管証書遺言をするには、遺言者が遺言書保管官の前で、その証書に記載・記録された遺言の「全文を口述」しなければなりません。
「デジタルなのに口述?」と意外に思われるかもしれませんが、これは単に「電子署名済みのUSBメモリを持ってきた人」を確認するのではなく、遺言者が内容を十分に理解し、自らの意思で作成した本人であることを直接確認することで、なりすましや強迫を排除するために求められた手続きです。
遺言者の判断能力はどう扱われるか?
新制度において、法務局の遺言書保管官が「判断能力の有無」を直接判定する権限を持つわけではありません。しかし、遺言者は保管官の面前で「遺言の全文」を口述しなければなりません。 単に「はい」と返事をするだけでなく、遺言の内容全体を自ら語る(読み上げる)必要があるため、認知機能が低下して会話が成立しない状態では、この「要件」を満たすことができず、結果として手続きが進められません。そのため、専門家は、保管証書遺言制度を利用する際は、遺言者本人が口述ができる状況か見極める必要があります。
1-4. 口をきくことができない方への配慮(通訳や自書の活用)
「全文を口述(発声)」することが原則ですが、病気や障害により口をきくことができない方への救済措置として、口述に代えて、通訳人の通訳又は保管官の面前での自書(手書き)により遺言の内容を伝えることが認められます。
専門家としては、こうした代替手段が必要なケースにおいて、適切な通訳人の手配や、本人がスムーズに意思表示できる環境設定のサポートが求められます。
1-5. ウェブ会議(ビデオ通話)による手続きのオンライン化」
改正により、足腰の不自由な方などでも自宅等から手続きできる「ウェブ会議」の活用ができるようになります。
ウェブ会議による口述と確認
遺言書保管官が「申請人からの申出」があり、かつ「相当と認める」場合には、画面越しに本人確認資料(マイナンバーカード等)の提示を受け、前述の本人確認や「全文の口述」を行うことが可能です。
「不当な干渉」を排除する周囲の状況確認
ウェブ会議の際、保管官は画面を通じて「遺言者の周囲に人物がいないか」を厳格に確認します。画面外からの指示、不自然な目線移動など、遺言者の周囲に介助者、機器の操作補助者以外の他人が存在することなどがうかがわれる場合にはウェブ会議の利用を中止し、遺言者に出頭させるものとする運用が想定されています。そのため、家族や専門家が遺言者の横でサポートすることはできないものと理解しておく必要があります。
1-6. 専門家が保管証書遺言を利用するにあたって確認すべき3つのポイント
専門家は、実務上以下の3点がクリアできるかどうかを事前に確認しておく必要があります。
1.マイナンバーカード等の顔写真付き身分証明書を持っているか?
2.電子署名のパスワード入力 + 本人の対面(出頭・Web会議)ができるか
3.全文の口述(読み上げ)ができるか
特に3点目の「口述」が保管証書遺言の最大のポイントとなるため、実務では依頼者が「法務局の窓口や画面の前で、緊張せずに全文を伝えることができる状態か」を事前にチェックし、事前にサポートすることが重要になります。
2. 保管証書遺言(デジタル) と 公正証書遺言どちらを採用すべきか
新たなデジタル方式が登場したからといって、公正証書遺言の価値が下がるわけではありません。むしろ、専門家のサポート体制を考慮すると、依然として公正証書遺言の方が「安心・確実」であるケースが多いと言えます。
2-1. 「全文の口述」が最大のハードルとなる可能性
保管証書遺言(デジタル)において、実務上最も懸念されるのが「全文の口述」という要件です。 法務局の窓口やウェブ会議の画面越しに、保管官という「第三者」の前で遺言の全文を読み上げることは、多くの高齢者にとって大きな精神的負担となります。もし途中で言葉が詰まったり、内容の理解に疑義が生じたりすれば、保管官は慎重を期して手続きを止められてしまう可能性があります。この「口述」が難しそうだと判断されるケースでは、無理にデジタル方式を勧めるべきではありません。
公正証書遺言では、公証人が作成した文章を「読み聞かせ」、本人は「承認(はい、間違いありません)」するだけで足りますが、デジタル遺言では一言一句、本人の口で語らなければなりません。
2-2. 「伴走型サポート」が可能な公正証書遺言
一方、公正証書遺言には以下の大きなメリットがあります。
専門家の立ち会いによる安心感
専門家が「証人」として横に座り、心理的な不安を取り除きながら手続きを進めることができます。デジタル方式では保管官との一対一(あるいはウェブ会議での孤独な作業)になりがちですが、公正証書なら「チーム」で遺言作成に臨めます。
公証人による遺言能力確認とリスクヘッジ
公証人による遺言能力の確認に加え、証人もその能力を目の当たりにしているため、将来の「遺言無効」という主張に対しても対抗できる手段となります。
公正証書遺言の場合、公証人が内容を読み聞かせ、遺言者が承認するという形がとれるため、「全文を自ら伝える」必要があるデジタル方式よりも、肉体的な負担が少ないと言えます。コスト面では保管証書遺言のほうがメリットがありますが、「本人が安心して、確実に遺言を完成させられるか」という一点において、公正証書遺言の選択がベストな場面は多々あります。
まとめ
- パソコン作成・電子署名が可能になるデジタル遺言(保管証書遺言)が新設されるが、遺言者による「全文の口述(読み上げ)」が必須要件となる。
- 「マイナンバーなど顔写真付き身分証・電子署名・口述」で本人確認を担保するが、口述ができない場合は手続きが進められないリスクがある。
- ウェブ会議での作成が認められるが、周囲の干渉排除のため専門家が横でサポートすることは難しく、遺言者単独による面談手続きが求められる。
- 本人の安心感と遺言作成の確実性を優先するのであれば、専門家が証人として「伴走」でき、読み聞かせによる承認が可能な公正証書遺言を選ぶべき。
デジタル遺言の創設は、多くの人にとって相続対策の選択肢を広げるものです。しかし、高齢者に「口述」という要件を課し、かつマイナンバーカード等による多層的な本人確認を求めていることは、利用にあたっては専門家のサポートが必要なケースも多いと考えられます。
新しい方式が認められるからこそ、我々専門家には「どの制度がお客様の想いを最も確実に実現できるか」を見極める高いコンサルティング力が求められます。
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※本記事の内容は執筆時点の法制審議会資料に基づいています。実際の施行にあたっては、最終的な条文および政省令を必ずご確認ください。
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