判例から学ぶ信託契約書の別段の定めと原則の規定の関係とは?

信託法の原則規定と別段の定めの関係を理解することは、家族信託を手掛ける士業、専門家が適切な信託契約書を作成する上で非常に重要です。信託契約書作成における重要なポイントと最新の実務論点について士業、専門家は押さえておく必要があります。

今回の記事のポイントは下記の通りです。

  • 信託契約書作成時には、信託法の原則規定と別段の定めの関係を十分に理解し、明確な条項を設けることが重要
  • 別段の定めが原則規定を排除するのか、併存するのかを明確に定めるべき(例:「信託法第〇条の規定は適用しない」など)
  • 最新の判例(東京地裁平成30年10月23日判決、令和5年5月17日判決)を踏まえ、契約条項の解釈や当事者の意思を考慮した契約書作成が求められる
  • 信託の変更や終了、受託者の解任などの重要事項については、特に慎重に検討し、明確に規定する必要がある
  • 委託者の意思や家族関係、財産状況の変化に対応できる柔軟性と、受託者の権利保護のバランスを考慮した条項設計が重要
  • 常に最新の判例や実務動向を踏まえ、必要に応じて契約内容を見直す柔軟性を持つことが専門家として求められる

本記事では信託法の基本的な考え方から、最新の判例を取り上げ、信託契約書の別段の定めと原則規定の関係を解説します。

信託法の原則規定と別段の定めの関係

信託契約条項に別段の定めがない場合、信託法の原則規定が適用されます。しかし、別段の定めを設ける場合、以下の2種類があることを理解する必要があります。

・信託法が定める原則規定を排除する特約
・信託法が定める原則規定と併存する特約

これらの別段の定めが原則規定を排除しているのか、併存しているのかは、解釈次第で合意当事者が異なる可能性があります。そのため、契約書作成時には十分な注意が必要です

別段の定め方によって、原則規定が排除されるのか、それとも別段の定めとともに維持され、併存するかによって合意当事者が異なることになります。たとえば、信託法では信託の変更、終了については次の通りとなっています。

信託の変更に関する規定(信託法149条)

信託の変更に関する原則規定は以下の通りです。

– 原則:委託者、受託者及び受益者の合意
– 例外:別段の定めがある場合には、その定めに従う

信託法149条は、信託の変更について詳細に規定しています。例えば、信託の目的に反しない場合は受託者及び受益者の合意で変更が可能です。また、信託の目的に反せず、受益者の利益に適合することが明らかな場合は、受託者の書面または電磁的記録による意思表示で変更できるとしています。

信託の合意終了に関する規定(信託法164条)

信託の合意終了に関する原則規定は以下の通りです。

– 原則:委託者及び受益者の合意
– 例外:別段の定めがある場合には、その定めに従う

信託法164条は、委託者及び受益者がいつでも合意により信託を終了できると規定しています。ただし、受託者に不利な時期に信託を終了した場合、委託者及び受益者は受託者の損害を賠償しなければならないとしています。

判例から学ぶ信託契約条項の解釈

東京地裁平成30年10月23日判決

この判決では、信託契約書に「受益者は、受託者との合意により、本件信託の内容を変更し、若しくは本件信託を一部解除し、又は本件信託を終了することができる。」という条項がある場合における信託終了時の合意の当事者の解釈が問題となりました。

裁判所は、この条項を信託法164条3項の「別段の定め」と解釈し、信託法164条1項に優先して適用されると判断しました。つまり、原則規定である委託者兼受益者が単独で信託を終了させることはできないと判断されました。

この判決のポイントは以下の通りです。

1. 信託契約の条項が信託法の原則規定を排除する特約として機能すること
2. 契約条項の文言だけでなく、契約全体の趣旨や当事者の意思を考慮して解釈すること
3. 別段の定めが原則規定に優先して適用される場合があること

東京地裁令和5年5月17日判決

この判決では、受託者の解任に関する別段の定めがない場合の解釈が問題となりました。信託契約書に「受益者は、受託者との合意により、本件信託の内容を変更し、若しくは本件信託を一部解除し、又は本件信託を終了することができる。」という規定があるものの、解任についての規定がない事案です。

信託法第58条では別段の定めがない場合には、委託者及び受益者の合意により、受託者を解任することができます。

(受託者の解任)
第五十八条 委託者及び受益者は、いつでも、その合意により、受託者を解任することができる。
2 委託者及び受益者が受託者に不利な時期に受託者を解任したときは、委託者及び受益者は、受託者の
損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。
3 前二項の規定にかかわらず、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
4 受託者がその任務に違反して信託財産に著しい損害を与えたことその他重要な事由があるときは、裁
判所は、委託者又は受益者の申立てにより、受託者を解任することができる。

裁判所は、信託契約の性質や無報酬での受託者の事務処理などを考慮し、受託者の解任には受託者の同意を要すると解釈しました。具体的には以下の点を重視しています。

1.本件信託契約の規定では、受託者の解任について明記していないものの、委託者兼受益者が受託者を自由に解任できるとすると、委託者兼受益者の信託終了権限を制限した本件規定が実質的に無意味になってしまうこと
2. 信託契約が負担付死因贈与契約に類する性質を持つこと
3. 受託者が無報酬で事務処理を行っていること
4. 委託者兼受益者の任意解任権を認めると不公平な結果が生じる可能性があること

この判決は、信託契約の解釈において、契約の性質や当事者の意思、公平性などを総合的に考慮する必要があることを示しています。

判例から導かれる信託契約書作成時の注意点

以上の判例や実務動向を踏まえ、信託契約書作成時には以下の点に注意が必要です。

事例判断の重要性

司法の現場では、信託契約の規定と事実関係を踏まえた事例判断を行っており、同じ規定でも異なる判断となる可能性があります。そのため、契約書作成時には単に条項を記載するだけでなく、想定される様々な状況を考慮に入れる必要があります。

明確な別段の定めの重要性

解釈が曖昧な規定は紛争を誘発する可能性があるため、専門家が信託法の原則規定を十分に理解した上で、明確な別段の定めを利用すべきです。特に重要な条項については、適切な文言を選択することが重要です。

別段の定めが原則規定を排除するのか、併存するのかの疑義が生じないよう、契約書上で明確に定めるべきです。例えば、「信託法第〇条の規定は適用しない」や「信託法第〇条〇項の規定にかかわらず~」といった明確な文言を用いることで、将来的な解釈の齟齬を防ぐことができます。

柔軟性の確保

委託者の心情、受託者との信頼関係など、家族関係や財産状況の変化により、信託契約内容を見直す必要が生じる可能性があります。そのため、受託者の関与なく信託契約内容を見直せる条項を設けるかどうかを慎重に検討する必要があります。ただし、この点については受託者の権利保護とのバランスも考慮しなければなりません。

当事者の意思の明確化

信託契約の解釈において、当事者の意思が重要な要素となることを認識し、契約書作成時には当事者の真の意図を可能な限り明確に記載するよう心がけましょう。特に、無償で受託者が務める場合など、当事者間の関係性や信託設定の背景事情も考慮に入れる必要があります。

将来的な紛争リスクの軽減

信託契約書作成時には、将来的な紛争リスクを軽減するという観点も重要です。特に、信託の変更や終了、受託者の解任などの重要事項については、できる限り詳細かつ明確な規定を設けることで、将来的な解釈の余地を狭め、紛争を予防することができます。

これらの点に注意を払いながら信託契約書を作成することで、より安定的で効果的な信託の運用が可能となります。常に最新の判例や実務動向にも注目し、必要に応じて契約内容を見直す柔軟性も持ち合わせておくことが、専門家として求められる姿勢といえるでしょう。

まとめ

  • 信託契約書作成時には、信託法の原則規定と別段の定めの関係を十分に理解し、明確な条項を設けることが重要
  • 別段の定めが原則規定を排除するのか、併存するのかを明確に定めるべき(例:「信託法第〇条の規定は適用しない」など)
  • 最新の判例(東京地裁平成30年10月23日判決、令和5年5月17日判決)を踏まえ、契約条項の解釈や当事者の意思を考慮した契約書作成が求められる
  • 信託の変更や終了、受託者の解任などの重要事項については、特に慎重に検討し、明確に規定する必要がある
  • 委託者の意思や家族関係、財産状況の変化に対応できる柔軟性と、受託者の権利保護のバランスを考慮した条項設計が重要
  • 常に最新の判例や実務動向を踏まえ、必要に応じて契約内容を見直す柔軟性を持つことが専門家として求められる

信託契約書作成においては、信託法の原則規定と別段の定めの関係を十分に理解し、明確かつ適切な条項を設けることが重要です。また、最新の判例や実務動向を踏まえ、紛争を予防し、当事者の意思を適切に反映させる契約書作成を心がけましょう。信託は柔軟性の高い制度ですが、その分だけ慎重な契約設計が求められます。専門家として、依頼者のニーズを的確に把握し、法的リスクを最小限に抑えた信託契約書を作成することが求められています。

常に最新の法改正や判例に注目し、実務知識をアップデートしていくことも重要です。信託法や関連法規の改正、新たな判例の登場などにも柔軟に対応できるよう、継続的な学習が欠かせません。また、信託契約書の作成にあたっては、税務面での考慮も重要です。信託の設定や運用、終了時の課税関係について十分に検討し、依頼者にとって最適な信託スキームを提案することが求められます。

信託契約書作成は、法律、税務、財務など多岐にわたる知識と経験が必要とされる高度な専門業務です。しかし、適切に設計された信託契約は、依頼者の財産管理や承継に大きな価値をもたらします。専門家として、常に研鑽を重ね、依頼者のニーズに応える質の高い信託契約書作成を目指しましょう。

家族信託契約書を作成する際にどのように設計・起案していますか?

家族信託というのは、士業・専門家にとって遺言や成年後見では対応できなかった範囲をカバーできる「一手法」です。自由度が高い分、お客様のニーズにあわせた対策を設計できます。しかし、一方で、オーダーメイドの契約書というのは経験も必要。そして、制度の歴史も浅く十分な判例もない状況も重なって、なかなかハードルが高く感じる方もいらっしゃるでしょう。

特に、家族信託契約書作成になると士業・専門家の技術が問われます。
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