相続登記義務化と土地所有権放棄を認める法律案が2021年4月21日の参院本会議で可決成立しました。改正法は2024年をめどに施行される予定です。
法改正の施行は3年後のため、すぐには影響はありませんが、相続に携わる専門家としては知っておきたい内容です。
今回の記事のポイントは下記のとおりです。
- 相続登記(期限:3年以内)のほか、住所変更登記(期限2年以内)も義務化され、期限以内に登記をしないと過料の対象となる
- 相続人申告登記(仮名称)や相続人に対する遺贈登記などについて登記権利者のみの単独申請を認めるなど、義務化を免れる制度が創設される
- 特別受益及び寄与分については、改正後は相続開始から10年間経過すると主張することができなくなる
- 土地の所有権を相続した相続人による土地所有権放棄制度などが創設される
今回の記事では、相続や資産承継に携わる士業・専門家が実務上特に知っておいていただきたい主要な法改正のポイントを5分で理解できるようサクッと解説していきます。
目次
相続登記・住所変更登記など不動産登記法の改正
不動産登記情報における所有者の情報を正確に反映させ、連絡をとれるようにするための方策として、要綱案における不動産登記の義務化に関連するポイントは下記のとおりです。
①相続登記の義務化
②住所変更登記の義務化
以下、それぞれについて解説していきます。
①相続登記の義務化の改正ポイント
相続登記の義務化に伴う改正ポイントは下記のとおりです。
▶相続(相続人が遺贈を受けた場合も含む)による不動産取得を知ってから3年以内に登記をしないと10万円以下の過料の対象
今まで不動産の相続登記することついては期限がありませんでした。
しかし、法改正後に相続により不動産の所有権を取得した者は、相続の開始及び所有権を取得したことを知った日から3年以内に不動産の相続登記をしなければならず、これに違反すると10万円以下の過料の対象となります。この義務化は、遺言などの遺贈(相続人に対する遺贈に限る。)により不動産の所有権を取得した場合も同様に適用がされます。
また、法定相続登記後の遺産分割の登記も、同様に3年以内という義務化のルールが適用されます。
そのため、相続手続きでは、相続人に対し速やかに相続登記を申請することもセットでアドバイスをしておくが必要です。
▶相続人申告登記(仮称)制度が創設
従来、遺産分割協議には期限がなく、法定相続人間による遺産分割協議がまとまらない結果、相続登記に移行することができないという問題がありました。そこで、義務化とセットで、そこで、相続人であることを申出をすれば相続登記をする義務を一旦免れる制度((相続人申告登記(仮称))が設けられました。
この申出がされた場合には、法務局(登記官)が登記記録に申出をした者の氏名住所などが記録され、相続登記義務を免れることができます。
注意が必要なのは、相続人申告登記は相続登記そのものではなく、あくまで「登記簿上の所有者」が亡くなったことを示しているに過ぎません。そのため、その後遺産分割協議が成立し不動産の所有権を取得した場合には、改めて遺産分割の日から3年以内に登記が必要です。
遺産分割の合意形成に時間がかかる場合には、相続人申告登記を申請するようアドバイスするといったことが必要となります。
▶遺贈や法定相続登記後の遺産分割による更正登記が登記権利者のみでできる
従来は、遺贈(相続人に対する遺贈に限る。)の所有権の移転の登記については、遺言執行者の定めがない場合には、遺贈を受けた受遺者と法定相続人全員による登記手続きが求められていました。また、法定相続分にもとづく相続登記後の遺産分割、相続放棄などが発生した場合の所有権更正登記についても、登記名義人となっている相続人の協力がなければ登記名義の変更ができないという取り扱いがされていました。
協力を得られなければ、裁判上の手続きを経て名義変更をしなければならないという背景があり、法改正後は、簡略化されて最終的に不動産を取得する登記権利者単独で申請することができるようになります。
②住所変更登記の義務化の改正のポイント
所有者の住所氏更登記の義務化に伴う改正ポイントは下記のとおりです。
▶自然人、法人の住所氏名変更登記が義務化され、2年以内に手続きをしなければ5万円以下の過料の対象
不動産所有者の氏名、名称、住所等について変更があったときは、その変更があった日から2年以内に変更の登記を申請しなければなりません。これに違反すると5万円以下の過料の対象となります。
▶登記官が住基ネット、商業・法人登記システムで把握した住所氏名等の変更情報を元に職権で登記できる
登記官が住民基本台帳ネットワークシステム又は会社などの法人情報を管理する商業・法人登記のシステムから所有者の氏名及び住所についての変更の情報を把握したときは、職権でその住所、氏名などの変更登記ができるようになります。ただし、所有者が個人の場合には、個人の申出があるときに限られます。個人については、本人の知らないところで勝手に変更はされません。
相続・住所変更登記の義務化のほか、法務局への所有者の生年月日、海外居住者の連絡先の提供や所有不動産の一覧情報の発行なども予定されています。下記の記事でも詳しく解説していますので、興味ある方は確認してみてください。
特別受益・寄与分に10年間の期間制限が設けられる
民法上は、遺産分割には期間の制限がありません。
そのため、相続発生後に遺産分割がされないまま、さらに相続を迎えると、相続人の相続(数次相続)が発生し、権利関係が複雑化するという問題がありました。
さらに、上記に加えて、特別受益としての贈与や寄与分の問題が加わると、相続分の算定がさらに複雑になるという問題もあります。そこで改正後は、特別受益と寄与分について相続開始の時から10年という期間制限が設けられます。つまり、特別受益による贈与及び寄与分については、改正後は相続開始から10年間経過すると主張することができないことになります。遺留分侵害額請求権の除斥期間(相続開始時から10年間)と同じく10年というルールという設定がされるのでセットで押さえておきべき論点です。
ただし改正後も、例えば全財産を配偶者が相続するという遺産分割協議はできるので、相続人間の介護負担や生前贈与などの関係を考慮して法定相続分と異なる割合で特定の相続人に相続させることもできます。
あくまで、相続人間で揉めた場合は10年間経過すると特別受益と寄与分主張ができなくなるという理解をしておきましょう。
土地所有権の放棄制度の創設
民法239条には、「所有者のない不動産は、国庫に帰属する」という規定があるものの、不動産の所有権の放棄について所有者の意思だけでできるかどうかは,現行法上必ずしも明らかではなく、実務上はできない状態です。
また、所有者が土地を手放し、市区町村長など公的機関に土地を贈与・寄付したいという要望があっても、受け手となる公的機関が同意をしなければ、土地所有者は土地を手放すことができません。資産価値がない、売却見込みがない土地の管理コストを公的機関側が負うことになることから同意ができず、引き取りに応じられないという問題から、引き取り手がいない所有者不明土地問題に増加にもつながっています。
そこで、この所有者不明土地の発生を抑制するため、一定の要件を満たした土地については、土地所有権の放棄を認める制度が創設されます。
▶放棄ができるのは、土地の所有権を相続した相続人
土地の所有権を放棄できる者は、相続又は遺贈(相続人に対する遺贈に限る)によりその土地の所有権の全部又は一部を取得した者に限られます。
つまり、土地の所有権を相続した相続人に限定されます。生前から所有している不要土地を放棄するということはできません。
▶放棄を希望する相続人は、法務大臣への承認申請を行う
土地所有権を放棄を希望する相続人は、本人の意思だけでは放棄はできず、法務大臣への放棄の承認申請が必要です。その土地が共有の場合には、ほかの共有者も含めて共同で承認申請する必要があります。
法務大臣の承認後、国が管理に要する10年分の標準的な費用の相当額の負担金を納付が求められ、負担金を納付することにより国庫へ土地所有権が帰属します。
▶土地所有権放棄はハードルは高い
土地所有権の放棄をするには、境界が明らかであること、権利の帰属について争いがないことのほか、更地で土地の利用ができる状況で引き渡すことを求めています。下記は参考まで不承認事由を掲載しておきますが、概要に目を通しておけば今のところは十分です。
【土地所有権放棄の不承認事由】
① 建物の存する土地
② 担保権又は使用及び収益を目的とする権利が設定されている土地
③ 通路その他の他人による使用が予定される土地として政令で定めるものが含まれる土地
④ 土壌汚染対策法第2条第1項に規定する特定有害物質(法務省令で定める基準を超えるものに限る。)により汚染されている土地
⑤ 境界が明らかでない土地その他の所有権の存否、帰属又は範囲について争いがある土地
⑥ 崖(勾配、高さその他の事項について政令で定める基準に該当するものに限る。)がある土地のうち、その通常の管理に当たり過分の費用又は労力を要するもの
⑦ 土地の通常の管理又は処分を阻害する工作物、車両又は樹木その他の有体物が地上に存する土地
⑧ 除去しなければ土地の通常の管理又は処分をすることができない有体物が地下に存する土地
⑨ 隣接する土地の所有者その他の者との争訟によらなければ通常の管理又は処分をすることができない土地として政令で定めるもの
⑩ ①から⑨までに掲げる土地のほか、通常の管理又は処分をするに当たり過分の費用又は労力を要する土地として政令で定めるもの
▶土地所有権放棄は要件を満たせば、放棄はできる
土地所有権を放棄するためには、その前提となる整備が必要なため専門家の協力を得なければ一般の方が放棄するのは難しいと思われる内容となっています。しかし、不承認事由に該当しなければ、法務大臣に対して承認をしなければならないと義務付けているため、要件を満たせば土地所有権は放棄できる制度となっています。
そのため、費用をかけてでも要件を満たす可能性があるのであれば、相続手続きを携わった顧客に対するアドバイスの一つとして、土地所有権放棄のための準備とサポートをアドバイスすることも選択肢の一つとなります。
ですが、権利関係、建物解体や境界確定などがややこしいから放棄されている土地が増えている現状から考えると、ここまで費用をかけて実際に放棄する人が増えてくるかどうかは疑問があります。
特別受益や土地所有権放棄制度のほかに、所在不明共有者がいる土地の利用・管理・持分取得のための見直しの創設されます。下記の記事でも解説していますので興味ある方は確認してみてください。
まとめ
- 相続登記(期限:3年以内)のほか、住所変更登記(期限2年以内)も義務化され、期限以内に登記をしないと過料の対象となる
- 相続人申告登記(仮名称)や相続人に対する遺贈登記などについて登記権利者のみの単独申請を認めるなど、義務化を免れる制度が創設される
- 特別受益及び寄与分については、改正後は相続開始から10年間経過すると主張することができなくなる
- 土地の所有権を相続した相続人による土地所有権放棄制度などが創設される
今回の改正は、不在所有土地問題と密接に関連する共有関係の整理など民法の改正も踏み込まれています。相続実務家としては、改正要綱案は確認しておくべき内容なので、一度内容を確認しておくことをおススメします。
2024年に改正が見込まれているので、所在不明土地問題で悩む顧客に将来に向けた提案ができるよう、ぜひ改正点は押さえておきたいところです。
相続後の裁判実務を知っている弁護士だから話せる生前対策で押さえておきたいポイントとは?
遺産分割で揉めている調停事件は年々増え続けています。相続手続きを受任したところ、紛争性は少なく揉めないと思っていただろうと考えていたとしても、想像以上にこじれてしまったという案件を扱ったことがある先生も多くいらっしゃるのではないでしょうか。
兄弟(相続人)全員が平等に相続すればいいのですが、生前に援助や生前贈与があったり、名義預金や使途不明金の発覚、介護や同居家族の配慮、土地建物の有無などの要因で、当時言えなかった不平不満が契機に、争族となってしまうということもあり得るのです。
「基本的に揉めそうな案件は弁護士に」というスタンスの先生方もいるでしょうが、その一歩手前の段階で、紛争になってしまった事態を想定して、生前対策の提案をすることが今後求められていきます。
今回、相続案件をを多く取り扱っている弁護士法人 法律事務所オーセンス 弁護士 堅田 勇気氏をお招きして、紛争案件に携わった経験から気を付けるべき相続後の紛争案件から考える生前からできる対策提案のポイントのほか、相続法改正によって変わった「遺留分侵害額請求」や「特別受益・寄与分」の取り扱いについても詳しく解説していただきます。
士業・専門家が知っておきたい失敗事例や将来の相続時を見据えた生前対策提案のポイントを詳しく解説しますので、ぜひご参加ください。
- 遺産分調停における遺産の範囲と評価の取り決めの段取りと調停と訴訟の使い分け方法
- 遺言無効を主張されたら?あやしい遺言が出てきた時の取り扱い
- 使途名不明金、名義預金の範囲と取り扱いの考え方
- 相続法改正後の遺留分侵害額請求の取り扱いと生前でできるアドバイス
- 改正で期限が10年に!?特別受益、寄与分は実際にはどこまで認められる?
- 紛争を終わらせる裁判を見据えた遺産分割での落としどころの作り方
【生前対策・家族信託コミュニティー~LFT~2021年5月定例会】
「専門家が知っておくべき相続における裁判所での遺産分割交渉の裏側」
【日 程】:2021年5月12日(水)
【時 間】:13:30 ~ 16:30
【参 加 費】:お一人様 11,000円(税込)